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「1Q84」第3章の矢田津世子



前の記事の続きです。


「1Q84」の第3章、つまり深沢の「無妙記」について書いてある章に、矢田津世子が隠れていないか、チェックしました。


天吾とふかえりが、時間は直線かという「物理学的」な話をする。

超ワザとらしい。



「時間の矢」ってご存知ですか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/時間の矢

こちらも参考に。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ゼノンのパラドックス#飛んでいる矢は止まっている



 矢田津世子=矢、達せず



ホッペの赤い「安達」という看護婦さんが出て来ます。

安達氏は出羽(秋田県)にゆかりがあるようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/安達氏
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by ukiyo-wasure | 2018-06-09 01:12 | 詩・文芸 | Comments(0)

「1Q84」と「太陽の季節」


今ふたたび「1Q84」が気になっています。

深沢の全小説と各章が一致していました。

解読してモヤモヤと残ったのが、「ふかえり」と天吾、編集者(名前忘れた)が、文学賞を目指すという部分です。

これが「太陽の季節」のイメージだった。


まったくの想像&創造ですが、


戦前から戦後の文壇は、「盆栽老人とその周辺」の独裁のような状態ではなかったかと思う。

深沢も下積みの期間が長かったと思われます。

「楢山」以前の作品、たとえば「ポルカ」など、ものすごく上手い他の人にはちょっと書けないと思います。

しかーし、付いている先生がどうも信用できなくなっていた。

新人を集めて、いいように利用している感じ。

太宰のことなどもありますし。

深沢は、自分の作品を誰か別の人に読んでみて欲しいと思っていた。

ここで石原慎太郎さんと出会う。

石原さんの名前を借りて「一橋文芸」に載せてもらった。

これが褒められた。

石原さんも、ジジイが仕切っている文壇を何とかしろよと思っていた。

たまたま、同じ思いの編集者がいた。

三人で相談して「太陽の季節」を書いた。

これが芥川賞。川端康成は最後まで反対だったみたいですね。

「太陽の季節」がヒット、映画もヒット。

ここで「盆栽」派も、深沢を日陰者にして置くことができなくなった。

本人が欲しくないのに、中央公論賞を無理矢理とらせる。

口止め料みたいなもの?

石原さんと深沢は、文壇の古狸どもに「ざまあみろ」。

そうなると、三島由紀夫の立場はどうなるのか。

「盆栽老人とその周辺」では、ガソリンスタンドの若旦那とかぶります。


以上、妄想でした。

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by ukiyo-wasure | 2018-03-02 00:55 | 作家 | Comments(0)

「1Q84」BOOK3第13章について訂正します。


「笛吹川」の謎が解けたので、そのことを書いているはずの

「1Q84」BOOK3 第13章を再チェックしました。


「竹田ノロウ人」の「竹田」とは武田泰淳ですね。


ラストにしつこく出てきます。

 これが振り出しなのか?

「振り出しにもどる」

 これが振り出しに戻るということなのか?


すべて傍点付きで、強調しています。


武田泰淳に


「振り出しにもどる」という作品あり!


Googleでご確認ください。


 牛河は薄い刃物のような笑みを浮かべた。


薄い刃物=剃刀。武田信玄は剃髪していますが、

武田泰淳もお坊さんです。

当時、文学界新人賞、中央公論新人賞の選考委員でした。



*おまけ。

(寒さに)ふるえる牛河=ふえふき川


村上大先生お得意の空耳系ですね。



追記 10/26

牛河の「異物」といわれる容貌ですが。武田泰淳に「異形の者」という作品があります。

1950年に発表。「太陽の季節」の例のシーンと同じ描写があるんですね。障子をブスッという。

なーんか、ややこしいですね。

牛河が不動産屋の青年に、不用心にカギを渡してコピーを取られたらどうするんだと説教する場面も意味深。

昔はコピー機がありませんから、生原稿を「先生」や「編集者」に渡していたんでしょうね。ちょっと手を加えて勝手に別人の筆名で出されても、自分の作品だという証拠がありません。作家を目指す人は、そこで角を立てたら、一生日の目は見れない。狭い世界の恐ろしさですね。

思えば出版界は物凄くいい加減です。大抵が口約束。契約書を交わすようになったのは最近です。

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by ukiyo-wasure | 2017-10-25 17:43 | 詩・文芸 | Comments(0)

「1Q84」空気さなぎとは

 

再び、仕切り直して推理します。

章によって、違う意味を持ったりしていますから、あくまでも、ふかえりの言うところの、リトル・ピープルであり「空気さなぎ」です。


「リトル・ピープル」とは何か。

 素直に小人と考えました。


「森の小人」というおなじみの歌。


 森の木陰で ドンジャラホイ

 シャンシャン手拍子足拍子

 太鼓たたいて 笛ふいて

 今夜はお祭り 夢の国

 小人さんがそろって にぎやかに

 ア ホイホイヨ ドンジャラホイ


ウィキによると、もともとは「小人」は「蟻」だったそうで。そういえば、牛河の遺体の表現で「蟻塚」みたいにとありました。


 蟻=針=しん=真。真実のことです。


 ミスター・ヤギさんが「真実」を語った。


 その真実=空気さなぎ。


 空=ない

 きさ=象のことです。ショウ。

 なぎ=凪。波なし。話


 「空気さなぎ」=「内情話し」「内緒話」


 マザとドウタとは。

 

 なぜ、マザーとドーターではないのか。

 母と娘と思わせて、じつは違うからでしょう。


 思い切っていきます。


 マザ=慎。真と小ですから。

 ドウタ=七。頭タ=七夕の夕の頭、つまり上。


 かなり無理矢理ですが。「村上かるた」を思えばあり得なくはないでしょう。


 これで「1Q84」については「完」でーす。




*追記 「1Q84」を片付けていましたら、1月〜3月がないのね。

なんでだ。こういうのは絶対に意味があるはず。1月〜3月は干支に

直すと「寅・卯・辰」。まじか、「とうた」=「ドウタ」になる。

「失われたドウタ」ですか。「失われた女」ってあるけど……。

プルーストや「彼女は失われた」という表現は、これのヒント?

そうなると「マザ」は「午・申」か。間に「未」が抜けている。

うーむ。

「未」はヒツジで、キッド。複数形がキッズ。

 それが「抜けている」「ない」。盗まれたのかもね。

 「キッズ泥棒」→キッス泥棒?


追記 2018.5.15

その後、いろいろと文壇の「代筆」についての疑念が出て来ました。

深沢が、賞を取った作品の代筆をしているのではというものです。

そうなると、「空気さなぎ」の意味は、

空=くう
気さ=象=ぞう
なぎ=薙ぎ


 空気さなぎ=偶像破壊


かもと思っています。

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by ukiyo-wasure | 2017-09-16 21:43 | 詩・文芸 | Comments(0)

「1Q84」脱出は「八百屋お七」


「1Q84」の各章は、深沢の小説と一致している。


 この仮説のもとに、読んでいます。



BOOK3 第31章。ラストです。



深沢「浪曲風ポルカ」です。


これは、和歌でいう数え歌みたいに数字が一杯出てきます。


浪曲=浪花節ですし。72824。


理に理を尽くす別れ話、女ごころの一筋は想うお方の意に従い、ハラハラと落つるは落葉の音ならで、乙女ごころのむせび泣き〜


と、まだ続きますが、これが「八百屋お七」なのです。


ご存知、火の見やぐらを上るシーンがクライマックスですよね。



「1Q84」の方。


この世界への入り口は、高速道路の非常階段でした。

そこを、こんどは「上る」。そうすればリアルの世界に出られる。


非常階段は見つかる。実際には階段というより、ほとんど梯子に近い代物だ。(引用)


他にも、エッソの虎がホースを反対の手に持っているとか出てきますが、これは「宮本武蔵」でしょう。



以上で、解説はおしまいですが、「1Q84」が深沢の小説と一致していたとしても、そんなことは、大したことはないのです。


正直、深沢には飽きていたから、もう読みたくありませんでした。


興味を引いたのは「1Q84」全体を貫いている「謎」の方です。



それについては、またあらためて。







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by ukiyo-wasure | 2017-09-16 18:24 | 詩・文芸 | Comments(0)

「1Q84」変な二人

 

「1Q84」の各章は、深沢の小説と一致している。


 この仮説のもとに、読んでいます。



BOOK3 30



深沢「変な人のところには変な人がたずねて来る記」

『庶民列伝』のあとがきです。

ラブミー農場に、九州から突然やってきて「農業をやりたい」などと言う。
普通は手紙が先でしょうというと、手紙を書くのが面倒だという。

人が弾いているギターを、いきなり奪って弾こうとする。

彼岸に「おはぎ」を送って来る見ず知らずの女性。

みんな「モノを知らない」、物凄い庶民なのでした。




「1Q84」の方


夜光虫に彩られた海流のように


ウミウシ=文憂し(文が面倒)



「ほとんど何も知らない」と天吾は答える


モノを知らない人




「心配しないで。私たちは同じ側にいる」


同じ庶民ってこと



その目は瞑想に耽るように終始閉じられていた。乳房は大きく丸く、陰毛は生えていなかった。


土偶ですね。土偶は必ずどこかが壊れているそうです。


変な人ってことですね。


そこにいたふかえりはおそらく通過するものだった。


月日は百代の過客=来客



*リトル・ピープルや、「空気さなぎ」、マザ・ドウタなどについて、青豆と天吾が語っていますが、二人の言うことは想像でしかありません。

信じていいのは「ふかえり」の言葉だけでしょう。



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by ukiyo-wasure | 2017-09-16 17:42 | 詩・文芸 | Comments(0)

「1Q84」漢詩



 「1Q84」の各章は、深沢の小説と一致している。


 この仮説のもとに、読んでいます。



BOOK3 29


 深沢「支那風ポルカ(2)」です。


 前の記事に書いた通り、漢文の話です。



「1Q84」の方


「支那風ポルカ(2)」のはじまりが、


支那だか、日本だか、はっきり覚えていないが〜


「1Q84」の冒頭に、大きな黄色い月と、小さな緑のいびつな月が出てきます。地図をイメージしてください。


 この章では、中国と日本(三日月?)を表しています。



その二つが混じり合った色合いに淡く染められている。


 日本語、日本文学のことでしょうね。



髪を母親にぞんざいにカットされた


 こうゆうの、孔子頭というそうです。



それは力強く、濁りなく、どこまでも透き通っている


 透遠明=陶淵明


白い吐息=白居易


逃亡家としての日々=唐宋八大家



小さなピンク色の耳をつけて〜中略〜地図を指先で辿りながら、そこに鮮やかに生きた風景を読み取ることのできる人のように。


 桃検校=桃源郷




我々は移動する。(傍点つき)


 こういうセンス最高!



 徒歩=杜甫!!




大きな猫たちが夜を支配する町のことだよ。


 大きな猫=タイガー=大河



もっともっと、隠れているはずです。

興味のある方、さがしてみてください。


 




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by ukiyo-wasure | 2017-09-16 14:37 | 詩・文芸 | Comments(0)

「1Q84」トラウマ


「1Q84」の各章は、深沢七郎の各小説と一致している。


 この仮説のもとに、読んでいます。




BOOK3 28


深沢の「妖術的過去」です。


一言で言うと「トラウマ」です。


車で馬を轢いた過去が、ずーっと影響する。

というより、悪い事が起こると「馬のせい」にする。



「1Q84」の方。


そんなわけで、トラとウマが隠れています。


会議用のテーブルがいくつかつなぎ合わされ、牛河はその上に仰向けに寝かされていた。


机上=騎乗




工作機械見本市の展示品のようにテーブルの上に横たえられていた。


工作機械ねえ。ワザとらしいなあ。

トランスファーマシンでしょう。



チェーンソーでいくつかの部分に「捌く」必要があった。


「妖術的過去」では、轢いた馬は食肉になりました。



あえて表現するなら、答えの返ってくるあてのない純粋な疑問のようなものだった。


これ、悩みました。方角で午は南「何」でしょう。



誰かの尻尾を踏んでしまったのでしょう。


トラの尾。



確保しなければならない。(傍点つき)


登山用語で、トラバースでしょう。



それが彼らから与えられた最後通告であり、巫女たちが耳にしたおそらくは最後の「声」であることを。


これも変です。リーダーはすでに死んでいます。「声」を聞くことはできないはず。


「玉音放送」のことでしょう。巫女=神子。戦前、国民は天皇である神の赤子でした。

 敗戦の放送=日本国民の「トラウマ」




死体となった牛河の口からリトル・ピープルが出てきます。七人ではなく六人。


彼らは自分の身体を必要に応じて適切なサイズに変えることができた。しかしその身長が一メートルを超えることはないし、三センチより小さくなることもない。


テレビのことでしょう。


六人のリトル・ピープルはV6


床の上に静かに腰を下ろし、輪になった。


「輪になって踊ろう」はヒットしましたね。

関係あるかわかりませんが「マジカル・ミステリー・ソング」もある。


岡田准一さんは『タイガー&ドラゴン』に出ましたね。ドラゴンの方ですが。



牛河は雷門の大提灯でした。これはナショナルの寄贈。

今、彼は、テレビになっている模様。


口は大きく開き(画面)、閉じることのない目には厚い布がかぶせられていた。





そして彼の魂の一部はこれから空気さなぎに変わろうとしていた。


牛河は自分の事を「肉食獣」と言ったことがある。「丑か」=「丑下」で、干支では「寅」=トラです。





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by ukiyo-wasure | 2017-09-16 12:13 | 詩・文芸 | Comments(0)

「1Q84」庖丁は皿の裏で研ぐ



「1Q84」の各章は、深沢七郎の各小説と一致している。


 この仮説のもとに、読んでいます。




BOOK3 27


深沢の「盆栽老人とその周辺」です。


「盆栽老人」が「盗載老人」に変化します。


 たとえば…木がなくなって、車が突っ込むみたいな。



「1Q84」の方。


すっごい考えました。

解ったときは、脳の中を爽風が抜けましたね。




天吾は流し台の上で、とくに研ぐ必要もない庖丁を研ぎながらそう思った。


これ、変でしょ。


私には「盆栽老人」関連の何かというヒントがある。普通の小説という前提で読んだ人は、ここでどーするのでしょう。

スルーしちゃうの? 気になりませんか。

一人暮らしの天吾くんは、砥石を持っているのでしょうか。普通は持っていない。じゃあ、何で研いだのか。


村上春樹さんはバーをやっていましたね。
お皿の糸尻で研ぐってことをご存知のはず。



「盆」←この字を表していますね。



彼らがそのとき足を踏み入れたのは扉のない部屋だった。そこから出て行くことはできない。またそれ故にほかの誰もそこに入ってくることはできない。そのときの二人は知らなかったのだが、そこは世界にただひとつの完結した場所だった。どこまでも孤立しながら、それでいて孤独に染まることのない場所だ。

その部屋とはいったい何でしょう。


難しかった。でも解りました。「乳母車」でしょう。いや、ベビーカーと言い直します。


「栽」と「載」の違いは、木と車。


木=こ=子。「子の車」ベビーカーです。


十歳のときだってそうだったし


十歳=「とおさい」=盗載。



「月が見える」と青豆は言った。


月=次。


「盆」が「盗」になりました。



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by ukiyo-wasure | 2017-09-15 22:29 | 詩・文芸 | Comments(0)

「1Q84」食パンにみそ汁



「1Q84」の各章は、深沢七郎の各小説と一致している。


 この仮説のもとに、読んでいます。




BOOK3 26


深沢の「『庶民列伝』序章」です。


上高井戸の旦那との「庶民」についての会話。面白すぎです。



「1Q84」の方。


まだ独身で、あの謙虚な見かけのアパートで、一人つつましい生活を送っている。


庶民ですねえ。



「ほうほう」とはやし役のリトル・ピープルがどこかで声を上げる。


この文章、いきなりです。タマルと青豆の会話中に出てくる。


リトル・ピープル=小民=庶民の意。




(荷物は)ただし両手を自由に使えるようにしておいてほしい。


「序章」に、大きなふろしき包みを背負う女性の話がでてきます。




 自分の身だけじゃないよ。


 表は「お腹の子」の意味、裏は「もろもろの民」




 彼はやはりすぐそこに暮らしていたのだ。


 青豆も天吾も高円寺に住んでいます。

 「序章」の旦那は上高井戸。どちらも杉並区。



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by ukiyo-wasure | 2017-09-15 14:10 | 詩・文芸 | Comments(0)