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芭蕉「たけのこや〜」は「雪舟の鼠」


「国境の南、太陽の西」の第1章はこの句と一致でしょう。


 たけのこや 稚き(おさなき)時の絵のすさび


この句は「雪舟」のことだと村上春樹さんの小説に教えられました。


稚き時の=長なき時の=和尚の留守に

絵のすさび=退屈しのぎに描いた絵


こうなりますと「たけのこ」「雪舟」のことでなければなりません。

どうすれば、雪舟が「たけのこ」になるのか。


悩みました。

ン十年前、コピーライター講座に通っていたとき「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいなものを作らされました。

「連想力」のトレーニングです。笑点の「謎掛け」も同じようなセンスを鍛えるためでしょう。


「たけのこ」から連想するものは色々あります。「国境の南、太陽の西」では「厚着」「重ね着」=大事に育てられている子=一人っ子とかね。

「皮をむいていく」という表現もありました。

ピンときたのが、島本さんのキャラです。周囲がからかったりしてはいけない、威厳のようなものを持っているらしい。


   孟宗か!!


謎が解けた瞬間です。


たけのこ=孟宗(竹)の子

「子」は当然、雪舟ですからネズミ。

もうそう=牛舟=節舟=雪舟


この連想のポイントは「もう」=「牛」


北斎もやっていました。



 雪舟の鼠 和尚の留守の 絵のすさび


絵=カイと読めば「いろは歌」の「い」の下で「ろは」=タダ


 雪舟の鼠 和尚の留守の タダの遊び



私も一句

 竹河や 季語は奇語かな ポンポコリン

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by ukiyo-wasure | 2018-02-22 13:25 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

「国境の南、太陽の西」 最終章は「蛸壺や」


ということで最終章は、

 
  蛸壺や はかなき夢を 夏の月


これも意味不明な句です。

でも、解りました。村上春樹さんのおかげです。


蛸壷=タココ タを七夕の夕と読む。七の下で六。

タココ=655=足すと16。

蛸壺や=十六夜


はかなき=若菜・記。

「源氏」の「若菜」は「我が名」で「光」。

すなわち「太陽・日」を表しています。

はかなき=日記


=「いろは歌」で「み」の上=身の上・身性


夏の月=夏の次=秋/秋がくる。飽きがくる。醜。臭。



  十六夜日記 身性 クサし


百人一首の「秋の草木の/飽きの臭きの」を思い出します。



小説では「十六夜清心」も入っています。十万円を盗んだのは、鬼薊くんってことで。


小説のラスト、引用します。

 誰かがやってきて、背中にそっと手を置くまで、僕はずっとそんな海のことを考えていた。


 誰だと思いましたか。

「ダンス・ダンス・ダンス」のキキではないでしょうか。

キキ=2キ=日記と読ませた章がありました。

五反田くんの手がキキの背中にある映画のシーンが、度々出てきました。

ハルキストの皆様、ぜひご確認を。


いずれにせよ、「源氏」が読めてないと芭蕉も其角も、村上春樹さんの小説も読めないということです。



さて次は「スプートニクの恋人」。さっきAmazonしました。

これは皆目見当がつきません。

まだまだ芭蕉が続くのか。

それとも、戦前戦後の文壇のインチキの暴露か。楽しみです。



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by ukiyo-wasure | 2018-02-20 12:28 | 詩・文芸 | Comments(0)

芭蕉「物言えば唇寒し秋の風」の真実


芭蕉のこの句、


 物言えば 唇寒し 秋の風


ことわざや慣用句のあつかいをされている。


広辞苑には、

 人の短所を言ったあとには、淋しい気持ちがする。なまじ物を言えば禍を招くという意に転用する。


だそうです。

異議あり!!! 



「国境の南、太陽の西」第13章がこの句です。


まず「秋の風」は「野分」。お約束です。

ここで「源氏物語」です。「野分」が何かというと「のぶすま」または「むささび」「こうもり」などのことです。


説明は面倒なので省きます。


 いえば くちびるさむし 

まず「野分」なので「の」は棄消す。


「びるさむ」を逆に読むと「むさるび」


「むさび」が「むさび」になっている。

「閑けさや」を「閑かさや」にして、「袈裟」が「傘」に変わったのと同じテクニックです。


 もいえば くち 「さ」が「る」


 も家 ばくち 盛る

 
  儲け 博打 盛る 


儲けとは「儲け仕事」。金だけが目的の仕事ということです。

当時の世相を嘆いているのでしょう。

今はもっとヒドいと思います。物事を計る物差しが「金銭」オンリー。

世界遺産も「わーい、観光客くるぞー」。

本音はそうだとしても、NHKのニュースで世界に発信するのは、恥ずかしいと思いまーす。



儲け=妄言かなあと迷いました。


「国境の南、太陽の西」では、で儲けることに、主人公が反発しています。


お持ちの方、ぜひご確認を。





 


 

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by ukiyo-wasure | 2018-02-19 22:16 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

芭蕉「月さびよ〜」の真相


これも有名な句です。


 月さびよ 明智が妻の 話せむ


煕子さんですね。内助の功の逸話があって、それが元になっている。……と、まことしやかな解説が付いております。

もし、表の意味だけだったら、俗にいう「いい話」かもしれないけれど、お涙頂戴のクサい話。

演歌や浪花節ではなく「誹諧」ですからね。粋とシャレがないとダメでしょう。


「月さびよ」って何ですか?

月さびよ=月三一四=月さびし=ゲツさびし=尻さびし


明智光秀といえば「三日天下」

奥さんは立派な人。「天下」つながりで「かかあ天下」を連想。


かかあ天下=夫を尻に敷く


お分かりでしょうか。


「座布団くれ」ってこと。



「国境の南、太陽の西」第11章です。

義父に「賄賂」のためのトンネル会社の話を持ちかけられる。

このネタが何を意味するのか。


気づいたときは大笑い。

コンニャク=百万円。レンガ=一千万円。


  座布団=一億円!



それに、主人公は奥さんの尻に敷かれている様子。

子どもが「馬買って」とは。明智=左馬之助






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by ukiyo-wasure | 2018-02-19 15:26 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

芭蕉「冬の日や〜」の真相


芭蕉の句、


 冬の日や 馬上に氷る 影法師


仮名書きにします。


 とうのひや ばじょうにこおる かげぼうし


当時の漢方薬名が隠れています。


「うにこおる」です。


偶然ではないでしょう。映像として違和感ありますし。


 十の日 野坡(芭蕉の弟子)女 ウニコオル…

    
ウニコウルはイッカクの牙です。一角獣、ユニコーンですね。

痘瘡に効くといわれた。

「旅に病んで」では「かけ」=「かきくけこ」の「きく」無しで「効かない」でした。

「影」も同じテクですね。ウニコオルが効かない


  十の日 野坡の娘 ウニコオル効かず横死



「国境の南、太陽の西」第10章と一致すると思われます。


お持ちの方、ぜひご確認ください。




イソギンチャクから「イソ」を取って「急がない」

トトのつまりから「つまり」を取って「つまらない」

このテクニックが「さび」かと思います。「いろは歌」の「さ尾」=「き/棄」。


ウニコオルのような、同音異義語のテクニックは、もしかすると「かるみ」?

「軽み」の意味ではなく「借る身」。


俳句をやっている皆様、いかがでしょう。






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by ukiyo-wasure | 2018-02-19 12:44 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

芭蕉のこれも「スゴ技」


其角もすごいと思ったけど、師匠の芭蕉はやっぱ格上ですね。

「国境の南、太陽の西」第9章はこの句でしょう。

 
 塩鯛の 歯ぐきも寒し 魚の店


ざっと解釈しますと、


 演台(題)の 悪戯も寒し(いやし)……


で、残るは「魚の店」


これの「魚」が曲者でした。


百人一首を思い出してやっと解けました。

「閨のひまさえ」の歌です。圭=トト=魚でした。

逆をいくと「魚」=トト=トド

イソギンチャクのテクと一緒です。



「トドのつまり」という慣用句の「つまり」がない。


 魚の店=つまらない店



小説の方も「魅力的な店について」書いてあります。

「川」「魚」などのキーワードもワザとらしく登場します。


お持ちの方、ぜひご確認を。



追記

魚のトドはボラのことです。

出世魚です。主人公は出世しました。


ウィキから引用します。

「ボラ待ちやぐら(ボラまちやぐら)は、石川県能登半島七尾湾付近で行われたボラ漁に使われるである。」


だから石川県の川へ行ったのね。

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by ukiyo-wasure | 2018-02-19 00:59 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

芭蕉の死因は梅毒か


前の記事で、芭蕉の句の「旅」が、「足袋」=お足を入れるからサイフと書きました。

サイフの中でも巾着。イソギンチャクの「イソ」なしで「急がない」に化ける。



芭蕉の辞世です。


 旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる


この「旅」も同じように読むとどうなるか。

「イソ」がない=イソ呑み。和歌のテクニックです。

「イソ呑み」をじーっと見ていたら「砒素飲み」になる。

砒素は当時、梅毒の治療薬でした。


ここからは、半分妄想です。

「枯野」は何でしょう。枯山は「葉なし」「話」などと読めますが、枯れ野には葉はある。枯れているけどね。

何がないかというと「緑」です。まあ、砂漠みたいな感じ。

と、「国境の南、太陽の西」第7章に「砂漠」がカッコ付きで出てくる。

砂漠=三瀑と考えると、昔は病気の治療で滝に打たれた。

残るは「かけ・めぐる」

かけ=「かきくけ」の「きく」が抜けている。「きく」なし=効かない

めぐる=目ぐる=四=


 砒素呑みに病んで、三瀑も効かず死


残るは「夢」。夢はやっかい。六とか夕とか、いろいろに読めます。

「いろは歌」の「ゆめ」に着目すると「さき」の下です。

下さ下き=かさかき=瘡掻き(梅毒)


「国境の南、太陽の西」第7章の大原イズミさんですが、近所の子が恐れるほど顔が変わっていた。瘡蓋だらけだったのかなあ。


と、あくまでも妄想です。




追記

よく読んだら「国境の南、太陽の西」第7章に、ワイルド・ターキー。

やっぱり三瀑(滝)で正解ですか。

こういうセンス、最高!



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by ukiyo-wasure | 2018-02-18 21:53 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

「国境の南、太陽の西」の第6章が「秋深き」


「国境の南、太陽の西」の第6章で、やっと出ました!

 
 秋深き 隣は何を する人ぞ


裏の意味はこちら。
http://tamegoro.exblog.jp/27062734/


小説の方では「気になって」尾行、喫茶店で様子をうかがいます。

最後、どうゆうわけか「お金」になる。


お持ちの方、ご確認を。


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by ukiyo-wasure | 2018-02-18 19:43 | 詩・文芸 | Comments(0)

「国境の南、太陽の西」は「秋深き」か


尾崎放哉も、芭蕉や其角のお仲間だとしたら、

村上春樹大先生、放哉も小説にしちゃっているかもなあと、

「国境の南、太陽の西」あたりが怪しいとウィキを見たら、

「ねじまき鳥クロニクル」の続きであるみたいなことが書いてある。

ちょっと待ってください。「奥の細道」は完結したはず。


しかーし、芭蕉がアレだけで終るわけはないとは思っていました。

有名な句がまだまだありますから。


今まで同様、タイトルに絶対答えがあるはずです。


ウィキに「国境の南」には何があるか気になったという記述。

「太陽の西」は、干支図では秋


もう……「秋深き隣は何をする人ぞ」じゃん。


「ダンス・ダンス・ダンス」より気になりまーす。

Amazonに注文しました。



追記 2018.2.20

「国境の南」の解釈です。

国境=関=席 

南=南芥菜(はたざお)=傍=隣


 隣の席が気になる


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by ukiyo-wasure | 2018-01-14 22:58 | 詩・文芸 | Comments(0)

「古池や」に見る名人のスゴさ


今頃気づきました。

「古池や」の句です。

ドブッという音から入って、道風を表していると解釈しましたが、

「跳び込む」が、大げさだなあと思っておりました。

「跳ぶ」=ドブッのヒントだったのですね。


「何やらゆかし」も「にやり」をイメージさせている。

一字一句にムダがないのです。


百人一首の

「わが庵は〜」も、真意は「馬鹿」でした。

冒頭の「わが」=馬鹿と読めるのね。

写楽の絵を見るのと同じように「鑑識課」の目、「心にルーペ」で分析しないとダメですね。




 

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by ukiyo-wasure | 2018-01-12 12:18 | 古川柳・俳句 | Comments(0)