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レレレのおじさん、ヤバくね?


昨日もクロスワードの「ほうき」のカギで使わせていただきました。

ここのところ、開高健や三島などを読んでいたら、戦後間もなくのヒロポン(覚醒剤)ネタが度々出て来る。

談志師匠とビートたけしさんのトークCDがあって、超「面白すぎ」なんですが、当時の演芸界のヒロポンの話が出てくる。

中毒になって「掃除」ばっかりしている人の話があって、自分ちの前が終ると隣んち……。

これを聞いたとき「レレレのおじさん」をイメージしたのでした。


最近「暁鐘聖歌」と「暁の寺」の初めの部分を「バカボン」と読むのでは?と推理しました。

バカボンとは三島のこと。

「バカボン」という語を発明したのは谷崎ということになります。


もうひとつ、深沢本を書いていたとき、彼の「〜なのだ」という特徴ある文体を、まるでバカボンのパパじゃん!と思った。

時系列的には、赤塚さんが深沢をマネたのかもとボンヤリと思いました。

深沢と赤塚さん、接点はあったのかなあ。


戦前戦後、開高健も書いていますが、本当に「人が人を食う」ような「飢え」の時代を体験した当時の、作家やクリエーターたちにしてみれば、三島はバイトもしたことがないお坊ちゃんで「天才バカボン」と呼びたくなる存在だったのかも……と、妄想です。


「天才バカボン」も「レレレのおじさん」も、ネーミングには、秘密の臭いがいたします。

とくに「レレレ」。


皆様、どう思われますか。



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by ukiyo-wasure | 2018-06-04 13:02 | 漫画 | Comments(0)

もう一つの「書き変え」疑惑


嶋中事件の原因となった「風流夢譚」ですが。

問題となった部分は、私が読んでも「ありえへん!」でした。
一般人でも実名でこの書かれ方は訴えるレベル。

一方で、深沢のスタイルだと、こうゆうことはしないよなあとも思った。
彼の作風は「裏に真実」ですから。
それに、世の中を知っているオトナだし常識がある。

あの部分だけ「何で?」というのがずっと残っていた。

犯人の少年については「彼も被害者」だと言っている。

じゃあ加害者は誰?

自分というニュアンスではない。

少年に指図した右翼のこと、と普通は受け取る。


ここから妄想ですが。

誰かが、あの部分だけ実名に直した。

この人には「動機」がある。

あとはお察しを。


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by ukiyo-wasure | 2018-06-02 13:31 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「苧菟と瑪耶」にドキーッ!!


「花ざかりの森」も100%三島の作品と思えなくなって、全集の次の作品「苧菟と瑪耶」を読んでみたのです。

「おつとう(お)とまや」と読むそうで。

17歳の作品です。


1ページ目から、ドキッときて、ドキドキ……。

マジか!!! もう勘弁してくれーっ!



引用します。

〜そんな往還で運命だちは逢つたのだ。

運命だちはお互ひに相手をみいだすよりもいちはやくそれを聴いた。


深沢の「南京小僧」で出会って、かなり悩んだ表現です。

次に「ファンキージャンプ」で遭遇。

そのことについてはこちら。
https://tamegoro.exblog.jp/28165279/


言語学者の先生、この言い方は「古典」?何なの?


小説の内容は、「花ざかりの森」同様、観念的な話ですが、「星座」がらみで神話のことでしょうか。後でじっくり考えてみます。



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by ukiyo-wasure | 2018-05-19 10:14 | 詩・文芸 | Comments(0)

深沢七郎は「文学賞」請負人か


第50回芥川賞田辺聖子氏の「感傷旅行」ですが。

石原慎太郎氏の「太陽の季節」に続き、

えーーーっ!

と、目眩がするほど驚きました。

いや、大げさかな。

「代筆」は当たり前の世界と解りましたから。

出版界や映画界は、興行の世界ですから、プロレスみたいなものと考えれば納得。

ネットが普及したのはごく最近で、それまではマスコミからしか情報が入らなかったのですから、そのマスコミ自身の秘密は絶対に漏れない。

まさか、個人が媒体を持つ時代が来るとは、予想だにしなかったでしょう。

まあ、プロレスや「レコード大賞」や「日本アカデミー賞」と同じと考えれば、どーってことはない。

法に触れないしね。

消費者の立場でいうと「産地偽装」程度かな。健康被害はないし。



枕が長くなりましたが、

「掌の小説」の「秋の雨」を解読しました。

ハナから谷崎作として読みました。1962年。晩年です。

深沢の「嶋中事件」の後です。

「秋の雨」は深沢のことを書いていると読めました。

「別府りつ子」という人物が、深沢です。

なぜ深沢のことかという解説は置いておきまして。

最後の一文が物凄く気になったのです。


「あの人に、明日は会で、花嫁衣装を着てもらうものですから……」と呉服屋が私の耳もとにささやいた。


あの人=りつ子/深沢ね。


文壇のドロドロを知った今となっては、女性作家の代筆ってことか?と疑うのは当然。

1962年以後に売り出した女性作家をググりました。

1963年の芥川賞は、上半期が河野多恵子「蟹」、下半期が田辺聖子「感傷旅行」。

パラパラ読みしただけで「裏源氏」がスカシで入っていたのが「感傷旅行」。「太陽の季節」と同じです。


「みおつくしの鐘」などハッキリとオモテで入れて、ヒントにしています。



川端康成への疑い同様、田辺氏が「源氏」の真相を理解していたら問題ありません。

これは石原氏にも言えることですが。


田辺氏は「新源氏物語」という現代語訳を書いている。

読んでみるまでもなく「裏」は知らないと解りました。

「槿(あさがお)」を「朝顔」、「乙女」を「少女」としている。

「雲隠」もないし!!


これじゃあ、紫式部姐さんに怒られます。



追記 タイトルの解読です。

深沢ならタイトルに真相を込めているはず。

主人公の名前がヒロシ。

ピンと来ました。


  感傷旅行=寛(菊池)賞代行


いかがでしょう。


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by ukiyo-wasure | 2018-05-05 18:48 | 作家 | Comments(0)

あっ!「楢山節考」は「浪花節考」か


と、今頃気づきました。

「深沢本」を書いたときは、和歌のテクニックなど知らなかった。

深沢の「ポルカ」からすべてが始まりましたから。

谷崎「細雪」→源氏→百人一首→北斎・写楽→其角・芭蕉→村上春樹さん→石原慎太郎さん→山頭火→谷崎(川端)。


村上春樹さんは、古典をすべて理解していて「楢山節考」を読んだはずですから、タイトルの解読も完璧だったでしょう。


「楢山節考」は、歌の意味を誤解しているという内容なので、

「栗ハ一山」と分解して「栗は遺産」と解釈しました。

今、あらためて考えると、こうなります。


「ならやま節」の「らやま」=羅山=林=2ボク(僕)=に吾(わ)

ほーら、「ならやま節」=「なにわ節」になったでしょ。



 楢山節考=浪花節考



私の読み違いでなく、ダブルミーニングだとしたらスゴいです。

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by ukiyo-wasure | 2018-04-22 22:47 | 詩・文芸 | Comments(0)

「瘋癲老人日記」は「深沢びいき」と読む


「掌の小説」の「雪隠成仏」が、落語か小咄で聞いた覚えがある。
江戸の小咄の本があったはずと、押入をゴソゴソしていたら、三島「作家論」が出てきたのです。

パラパラしたら、谷崎と川端についても書いている。

そのことについては、確認したいことがあるので置いておきまして、「瘋癲老人日記」についても書いていました。

そういえば……と、思い出したのです。

「深沢本」「谷崎本(細雪)」を書いた、一昨年(2016年)の時点では、「源氏」や和歌、俳句が読めていませんでした

深沢や谷崎が、どれだけ古典のテクニックを駆使しているか、まったく知らなかったのです。


「瘋癲老人日記」は、「風流夢譚」直後の深沢に対するエールだということは読めていました。

「風流」は「フール」という意味ですから、それに引っ掛けて「フーテン」をわざわざ漢字にしたのだろうと解釈し、本にもそう書きました


甘かった。潤ちゃんは、そんなテキトーなことは断じてしない!

タイトルこそが作品の「真相」だからです。


あらためて、解読いきまーす。


 瘋癲=ふうてん=ふ雨天=ふ傘=ふかさ

 老=老人の自称。つまり吾=わ

 人日記=ひいき

続けて読むと、


  深沢びいき


「うてん=雨天=傘」これが上手い。


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by ukiyo-wasure | 2018-04-19 01:58 | 詩・文芸 | Comments(0)

深沢と三島、ホントは仲良しだった?


深沢はエッセイなどに、思いっきり「三島の悪口」を書いています。

ついこの前まで、それを信じていました。


「あれは少年の文学」

三島事件については、

「結局書けなくなった。淘汰された」

「ケンカ売ってんのかと思った」

「空っ風野郎」の作曲のお礼に、高級中華料理をご馳走になったことについて、「八王子の○○飯店の餃子の方がウマい」とかね。


深沢という人をよくよく考えてみると、表に出しているのはぜーんぶウソ。

真実、本心は作品に込めている。

「笛吹川」=「武田(泰淳)呪ふ人」だし。


二人の親交を隠したかったのだと思う。


で、三島と深沢をつないでいるのが、

義理と人情を〜♪の「唐獅子牡丹」なのでした。

三島事件の日、車の中で歌ったと伝説になっています。

深沢は「谷崎賞」の授賞式で、替え歌にして踊り付きで披露。



国会中継を見ていても、日本人は義理……

「誰のおかげで今のお前があるんだ?」に弱い。


「昭和残侠伝」がカッコいいのは、最後は「人情」あるいは「正義」を取るから。

命と引き替えですから、ほとんどの人には無理。

「俺は男だ!」と普段威勢のいい人も、イザとなったら長いものに、ぐーるぐる。

そこで作家は「魂までは売らないぞ」と、作品に真実を込める。

谷崎も太宰も深沢も三島も、未来の読者だけを頼みに死んでいったんだろうなあ、千年前の歌人たちのように……。



追記 2018.6.3

考え変わりました。
三島のイメージも変わりました。
深沢は、マジで三島が嫌いだったのだと思う。



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by ukiyo-wasure | 2018-03-31 12:26 | 作家 | Comments(0)

「1Q84」と「太陽の季節」


今ふたたび「1Q84」が気になっています。

深沢の全小説と各章が一致していました。

解読してモヤモヤと残ったのが、「ふかえり」と天吾、編集者(名前忘れた)が、文学賞を目指すという部分です。

これが「太陽の季節」のイメージだった。


まったくの想像&創造ですが、


戦前から戦後の文壇は、「盆栽老人とその周辺」の独裁のような状態ではなかったかと思う。

深沢も下積みの期間が長かったと思われます。

「楢山」以前の作品、たとえば「ポルカ」など、ものすごく上手い他の人にはちょっと書けないと思います。

しかーし、付いている先生がどうも信用できなくなっていた。

新人を集めて、いいように利用している感じ。

太宰のことなどもありますし。

深沢は、自分の作品を誰か別の人に読んでみて欲しいと思っていた。

ここで石原慎太郎さんと出会う。

石原さんの名前を借りて「一橋文芸」に載せてもらった。

これが褒められた。

石原さんも、ジジイが仕切っている文壇を何とかしろよと思っていた。

たまたま、同じ思いの編集者がいた。

三人で相談して「太陽の季節」を書いた。

これが芥川賞。川端康成は最後まで反対だったみたいですね。

「太陽の季節」がヒット、映画もヒット。

ここで「盆栽」派も、深沢を日陰者にして置くことができなくなった。

本人が欲しくないのに、中央公論賞を無理矢理とらせる。

口止め料みたいなもの?

石原さんと深沢は、文壇の古狸どもに「ざまあみろ」。

そうなると、三島由紀夫の立場はどうなるのか。

「盆栽老人とその周辺」では、ガソリンスタンドの若旦那とかぶります。


以上、妄想でした。

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by ukiyo-wasure | 2018-03-02 00:55 | 作家 | Comments(0)

深沢七郎「無妙記」の謎


深沢七郎に「無妙記」という作品があります。

「南無妙法蓮華経」の「南」がないから、

 南無し=皆々死

と、読む。

三島由紀夫が亡くなる直前に書かれています。


深沢本を書いた時点では「源氏」も俳句も、村上春樹さんが何を書いているかも、まったく知らなかった。

「無妙記」のキーワードとしては、共犯、シャブ、白骨、自動車事故、金閣寺、能面……などから、五味康祐の交通事故や、三島由紀夫について書かれていると思いました。

「共犯」ということで疑ったのが、五味さんが起こした交通事故に、たとえば三島が同乗していたのかなあとか、そのあたりまでしか想像できなかった。

川端康成は全然浮かんでも来ませんでした。

今になって「白骨」というキーワードに引っ掛かります。

かなり重要な秘密が暴露されている気がします。


三島由紀夫に興味のある方、「無妙記」読んでみてください。


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by ukiyo-wasure | 2018-02-15 03:38 | 作家 | Comments(0)

「1Q84」BOOK3第13章について訂正します。


「笛吹川」の謎が解けたので、そのことを書いているはずの

「1Q84」BOOK3 第13章を再チェックしました。


「竹田ノロウ人」の「竹田」とは武田泰淳ですね。


ラストにしつこく出てきます。

 これが振り出しなのか?

「振り出しにもどる」

 これが振り出しに戻るということなのか?


すべて傍点付きで、強調しています。


武田泰淳に


「振り出しにもどる」という作品あり!


Googleでご確認ください。


 牛河は薄い刃物のような笑みを浮かべた。


薄い刃物=剃刀。武田信玄は剃髪していますが、

武田泰淳もお坊さんです。

当時、文学界新人賞、中央公論新人賞の選考委員でした。



*おまけ。

(寒さに)ふるえる牛河=ふえふき川


村上大先生お得意の空耳系ですね。



追記 10/26

牛河の「異物」といわれる容貌ですが。武田泰淳に「異形の者」という作品があります。

1950年に発表。「太陽の季節」の例のシーンと同じ描写があるんですね。障子をブスッという。

なーんか、ややこしいですね。

牛河が不動産屋の青年に、不用心にカギを渡してコピーを取られたらどうするんだと説教する場面も意味深。

昔はコピー機がありませんから、生原稿を「先生」や「編集者」に渡していたんでしょうね。ちょっと手を加えて勝手に別人の筆名で出されても、自分の作品だという証拠がありません。作家を目指す人は、そこで角を立てたら、一生日の目は見れない。狭い世界の恐ろしさですね。

思えば出版界は物凄くいい加減です。大抵が口約束。契約書を交わすようになったのは最近です。

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by ukiyo-wasure | 2017-10-25 17:43 | 詩・文芸 | Comments(0)