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「掌の小説」の「バッタと鈴虫」と藤澤清造


「バッタと鈴虫」は、大変に意味深な作品です。


夜の草むらで、子どもたちが虫採りをしている。

各自が手作りの提灯を持っていて、その提灯というのが、自分の名前を切り抜いてあって、着ている浴衣等に文字が映るのです。

そんな様子を眺めている男の視点で描かれている。

「互いの着物に、名前が映っていることを、本人たちは知らない」と語る。

これを私は、「代筆」している谷崎が、たとえば川端と三島の作品に「同じ名前」を登場させていることに、本人たちは気づいていない。という意味だと思っていました。

実際に「芳子」とか使われていますし。



が、ここに来て「根津権現裏」が「昆虫」です。

バッタも鈴虫も出て来ます。

「根津権現裏」は1922年。「バッタと鈴虫」が1924年の作品。


「バッタと鈴虫」のメインの少年少女の名前が、なんと、



 不二夫とキヨ子



どうゆうこっちゃ!



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by ukiyo-wasure | 2018-08-14 02:00 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「叩く子」母のアドバイス


「掌の小説」の「叩く子」1928年の作品。


数ある中、大変印象に残った作品です。

これは谷崎にしか書けないでしょう。


東京のアパートの一室。
五郎が市電の駅名を言うたびに、妻のお浅が窓敷居から落っこちる。
何をしているかというと「流産」するため。

この部屋には、去年生まれた赤ん坊がいる。

この赤ん坊、五郎の子か解らない。
お浅が働いていた温泉宿に遊びに来た「金持ち」との子らしい。
温泉郷の道路工事で働いていた五郎に「あんたの子よ」と言って、二人は東京へ「かけおち」したのだった。

一家心中が後を断たない不景気な時代。
五郎は失業している。
子どもを育てられない。

転ぶと流産するとは昔から言われていますが、「落っこちる」というのは初耳。

前の子がデキたとき、お浅が故郷の母親に手紙で相談した。

すると「跳び降りろ」とアドバイスされた。

結局、効果なしで生まれたのですが……。


お解りでしょうか。

この、泣きたいような笑いたいような、凄いセンス。


母親の「跳び降りろ」は「身投げ」、「死ね」ということです。


悲観した母親と、あっけらかんと「誤解」するお浅の楽天的で逞しい性格。

泣かせどころは、五郎には「意味が解った」ってところ。


「おれはお前のおふくろが可哀想だな。」


と言わせる潤ちゃん!ニクいねえ。


「ヒドい親だ」ではなく「可哀想だな」で、五郎の人柄が解る。



タイトルの解説いきまーす。


叩く=コウ九=後九=十=

=み=



 叩く子=投身(身投げ)




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by ukiyo-wasure | 2018-05-12 12:23 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「滝」眼下へ落ち


「掌の小説」の「滝」1950年の作。


このあたりから後の作品は、前の作品の解説みたいになっています。

「滝」は、小説家を目ざす遠縁の青年の話。

なのですが、ストーリーは関係ない。

「心中」「さと」「足袋」「喧嘩」など、過去の作品名が盛り込まれています。


一応、滝に飛込んで心中をしようとしたが、凍っていたので止めたエピソードが出て来る。


本当の意味は、



   滝=眼下へ落ち=考えオチ






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by ukiyo-wasure | 2018-05-07 13:01 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「小切」はクサい!


「掌の小説」全作品、解読しました。


すべて、谷崎の作だと思われます。

1935年までは「童謡」にヒントがあります。

それ以後のものは、たぶん「山の音」あたりに入っている気が。

「色彩を持たない〜」「童謡」の章からの寄り道でしたので、

戻って、「千羽鶴/波千鳥」「山の音」を解読します。


「掌の小説」は122作品ですが、もし、別の誰かの作品が混じっていたらややこしいなあと思っていました。

が、混じりものなし。新潮社は谷崎作だと知っていたんじゃないのかなあ。


途中、一作品だけ、これ違うかもと思ったのが「小切(こぎれ)」でした。

何だかもう、……何これ!!

という部分がアチコチにあるのです。


小さいときからの着物の小切を、写真帳のように残している友だちの話が出て、主人公の少女も、母親に「今からでもいいからやって頂戴」という。
聞いていた父親が「いやなことをする。平民のすることじゃない」。

その後の会話文、抜き出します。


「そのお襦袢を縫い直すの? えらいことになりましたね」(母)
「お母さまのお捜しになっているのを見ていると〜」(娘)
「美也子は今でも田山さんにお手紙あげてるの」(母)
「そうね、一月に一度くらい出してます」(娘)
「そのお襦袢を、美也子が着られなくなった時分から〜」(母)


わざわざ父親に「平民」と言わせているところがポイント。


「お母さまのお捜しになっている」



全国の平民の皆様、母ちゃんにこんなしゃべり方します?


三島が、太宰の「斜陽」について、華族は「お勝手」と言わないとかなんとかケチをつけたエピソードがあった気が。

これは、逆のパターンで、しかもワザとでしょ。


 小切=小片=小便


クサい文章の「手本」ということ。


地の文でも、少女趣味なクサい文章が出て来ます。

タイトルの意味が解らないと、三島のようなことになりそう。

太宰は、裏源氏も谷崎の仕掛けも知っていますから、「斜陽」も、もしかするとメタファーかも……。



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by ukiyo-wasure | 2018-05-06 22:48 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「かささぎ」はニワトリ。


「掌の小説」の「かささぎ」です。


前に取り上げましたが、100作品を解読した今、あらためて読むと間違っていました。


カササギは鎌倉にはいない。

九州ならいる。その九州から来た画家が、庭にいる鳥を「カササギだ」と言ったわけです。


時は七月。当然、「かささぎの渡せる橋〜」を連想する。

歌の解釈はこちら。
https://tamegoro.exblog.jp/26796036/



 カササギ=ワニ=兄=ケイ=鶏



そう思って読むと笑える。

・「あの鳥、かささぎか」
・十羽ほども、よく庭に来ている。
・見なれて、目になじみの鳥。
・尾長鳥にしては大きい。
・庭木から芝生におりて、餌をあさって歩く。
・声が悪く、細身の姿の動きはやや落ち着きがない。



お前はニワトリを知らんのか!!


これぞ、潤文学。




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by ukiyo-wasure | 2018-05-06 01:39 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「色彩」ファラウェイ


「掌の小説」の「色彩」です。

「化粧の天使たち」というタイトルで、小説とも詩ともつかない短文が10作品。その中の最初の一編が「色彩」です。

「化粧の天使たち」は1930年の作品。小説ではないので、保留にしていました。

今、解き始めて、のっけからヤバいなあって感じ。

どうヤバいか。やってみますね。


全文引用したいところですが、メンドーなので一部省略します。


「色彩」

そこは少年の夢とは違っていた。
私はその色を見て家を逃げ出した。
冷たい針が私の足を捕えるまで〜略
南瓜の大きい葉の夜露と〜略
広い稲の村を見渡すと〜略
そのあかりは青竹の〜略
私は涼み台への贈りものに〜略
少女は青竹の上で南瓜をすかすか切った。
南瓜の肉のオレンジ色の美しさよ。
だから、世界遍歴者よ、
どこかの国に、あの色がオレンジ色の女はいないか。
それまでは私が少女達を愛したとて、
色彩の神は許し給うであろう。



と、ワケワカメな支離滅裂な文章。

文学だと思って読むとストーリーに引きずられます。

パズルだと思ってクールに読めば「縦読み」を疑う。

実際は「横読み」ですが。

そ=そ
私=し
冷=れ
南=み


解りましたか。ソシレミ

音階になっているのです。

「広い」と「だから」をどう読むか。

広い=空=ソラ。だから=それ故に=ソレ


ソシレミソラソシシミソレドソシ♪


さあ、ここから。どうしましょう。

何かの曲かと思って探しましたがありません

よくよく見ると「ファ」がない


ああっ!

 ファがない=ファ・アウェイ=far away=遥か

 
 遥か=春か!


タイトルの「色彩」に戻ります。


 色彩=16歳



この散文詩は「青春」「春のめざめ」を表現している。



何という込み入ったことをするんだ!

残りも似たようなものなら、超気が重いです。

 

追記

涼み台への土産なら、南京ではなく西瓜(すいか)でしょ。
カボチャは固くてスカスカ切れない。
この辺につっこむと「どうもおかしいぞ」となる。
これがヒントでしょう。






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by ukiyo-wasure | 2018-05-04 13:26 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「喧嘩」聞き違い


「掌の小説」の「喧嘩」です。


これもダジャレ。
教科書に載せて、みんなで考えたら楽しいと思います。


新婚旅行で、海辺の宿に来ている二人。
窓の向こうの青い海には、陽炎が立っている。
妻は田舎から東京に出て来て二年。
「東京では酔っぱらいが〜」という話の後に、思いついたように、こんなことを言う。
「東京には夫婦喧嘩ってものがありませんのね」
夫は「大っぴらに夫婦喧嘩もできないのが、都会生活の不幸だ。ここなら誰も見ていないから、記念に素晴らしいのをやってみるか」
いきなり花嫁の胸ぐらを掴んで引きずり回す。
花嫁はびっくり仰天、泣きながら夫をポカポカ。
夫「どうだ、少しはすっとしたか」



もう、コントですね。

夫よ、耳クソほじれーっ。


何を「夫婦喧嘩」と聞き違えたか。



「風雨警戒」でしょう。



前後に気象関連が入っている。


妻は「酔っぱらい」から「飲む」=「濃霧」を連想したため、「風雨」の話になったと思われます。




 
喧嘩=口が二つで「二口」=地口(シャレ)



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by ukiyo-wasure | 2018-05-04 00:14 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「死面(デスマスク)」座布団三枚!


「掌の小説」の「死面(デスマスク)」です。


モテモテの美人が、主人公の腕の中で亡くなります。
「足を握って頂戴」としきりに足を寂しがりながら……。
通夜に、元カレたちが来る。
新劇俳優が、彼女の死顔に化粧をした。
美術家は石膏を塗りデスマスクを取った。
死後にも恋敵同士が火花を散らす。
主人公は、デスマスクを奪いに美術家のもとへ。
デスマスクは、男のようにも女のようにも見え、まるで彼女とは思えない。
彼の恋の火は消えてしまった。
死とともに性の区別も終ったと知るライバル同士は、清々しく握手するのでした。


まあ、どうってことのないストーリーです。

では、

「ですますく」と繰り返し言ってみてください。

ピンと来ませんか。


文章に「ですます体」ってありますよね。

「敬体」ともいうそうです。


〜です。〜ます。という文体。

コレに対して「〜だ」「〜である」があります。

普通は統一しなきゃダメらしいですが、私は気にしないでマゼまーす。


「ですます体」なのに「ですますく」になっている。

和歌のテクだと「体を捨て」や「体が無し」になる。


つまり、


「ですます体」だけに「〜からだ」は無し!




バカバカしすぎて笑っちゃう。







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by ukiyo-wasure | 2018-05-03 23:39 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「眉から」はサル



「掌の小説」の「眉から」です。


超短い。けど、深い意味を持つ。


顔に自信のない女性が、「女の美」を売り物にする職業はあきらめて「化粧禁止」の職場で働いている。
ある日、監督に呼び出され「眉を描いているね」と言われる。
否定すると「そんなに美しい眉なら、こんなところにいなくても食っていけるだろう」
馘首の口実だった。
女性はガッカリせず、逆に喜ぶ。
自分にも美しいところがあったのだと、自信を得、結婚する。
夫は、彼女のいろいろなところを美しいと言った。乳房、背、膝……。


最後引用します。

しかし夫が彼女の体の美しさを捜しつくした時、どうなるのかと思うと、自分に何一つ美しさがないとあきらめていた頃の安らかさが、なつかしく思い出されるようになって来た。



題名の解読いきます。

眉から=眉「下ら」=眉「いろは歌」で「ら」の下=眉む

眉から=眉む=眉無

眉無とは何か。


「奥の細道」です。
https://tamegoro.exblog.jp/27276646/


 つまり、猿。


自分に何一つ美しさがないとあきらめていた頃の安らかさが〜


 モンキー=呑気〜


「心中」と同じタイプの作品かと。



ちなみに「まゆはき」の句は「ねじまき鳥クロニクル」2-3と一致。
https://tamegoro.exblog.jp/27548381/


この作品がなぜ深い意味を持つのか。

お解りですね。

「源氏物語」と「奥の細道」の両方の裏を理解していないと書けない。


興味のある方、川端康成の講演「源氏物語と芭蕉」を読んでみてください。








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by ukiyo-wasure | 2018-05-03 13:53 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「妹の着物」ついに殺人!


「掌の小説」の「妹の着物」です。


芸者や踊子など、色を売る職業を転々としてきた姉が、田舎から妹を呼び寄せ、自分には叶わなかった「普通の結婚」をさせてやろうと、着物から、結婚相手まで整えてやる。
この姉は、現在、興行主のお妾です。
妹は、姉がさがして来た地味な会社員と結婚するが、やがて病気になり姉の家に戻り、ついには寝たきりとなる。
妹の夫も、同居して看病する。
姉は、妹に作ってやった地味な(素人風)着物を着るようになる。
ある日、姉は、妹のかつての恋人に妹と間違えられ、公園の木陰で抱かれる。

ラスト、引用します。

〜妹が死んだら妹の夫と結婚するだろうという夢を見た。まことに生き生きしい血の嵐であった。
 自分の失ったものを妹の上に求めていた姉は、妹の死によってそれを自分の上に取り戻したのであった。


あらすじでは解りにくい、微妙な表現が随所にあって、姉が(妹の夫とグルで?毒を盛ったのでは……と感じます。

重病なのに入院していないし。


もろ、谷崎風。

解決篇のない推理小説。読者まかせです。


題名「妹の着物」に真相が隠れています。

妹=そのまま


の着=「の」を「金」と読み「巾着」

*例の「なにぬねの」の「下ね」です


=ブツ=



 妹が○○○○仏になった。



巾着○○○○の部分ですね。

芭蕉の句が読めていればピカッとくる。


巾着=イソギンチャクの「イソ」がない

和歌のテクでは「イソ呑み」=砒素呑み



 妹の着物=妹、砒素呑み仏



普通に考えて、自分じゃ飲まない。



芭蕉のこの句。


 旅人と 我が名呼ばれん 初時雨


「旅に病んで」もそうですが、「旅」は「お足(金)」を入れるので「巾着」に化けます。


=巾着=「いそ」がない=急がない


時雨=四がグレて


 急がない人と 我が名呼ばれん 初目(見)かな


廓で初見の花魁が、


「松尾様とは……ホホホ、急がないで待つお方」


とか何とか、言われたんでしょう。



この句は「国境の南、太陽の西」第3章と一致していると思われます。


「急がないでね」と僕ががっかりした顔をするたびに彼女は言った。



話が込み入ってしまいましたが、この「妹の着物」も、和歌や芭蕉のテクニックが解っていないと書けない。



 



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by ukiyo-wasure | 2018-05-02 21:07 | 詩・文芸 | Comments(0)