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三島「女方」演出家の川崎は女!


感動いたしました。

ストーリーではありません。

小説としての上手さにです。


三島先生、解説ではこれもトンチンカンなことを書いている。

代筆でしょう。


主人公の増山は、高校生の頃から、歌舞伎役者で真女方(まおんながた)の佐野川万菊に惚れ込んで、大学を出ると歌舞伎界に入る。

作家部屋とありますから、役者ではなく裏方ですね。

真女方というのは、女の役専門だそうです。

楽屋にも出入りして、着替えなど見ても、まったく幻滅しない。

舞台と日常のギャップが感じられないということでしょう。

ある時、新劇の舞台に、歌舞伎役者さんたちが出る事になる。

新進気鋭の演出家による「とりかえばや物語」です。

この演出家の川崎ですが、増山の視点では、


五尺七、八はある長身の男である。彫の深い、男らしい、しかし大そう神経質な風貌をしている。


「とりかえばや物語」は、兄妹が、男女逆に育てられる話。

万菊は、兄の役。つまり、女の子を演じる。

ややこしいでしょ。

演出家の川崎は、歌舞伎役者たちが言う事を聞いてくれないからやりにくそう。

そんな中、万菊だけは素直に従う。

「自分が従うと、皆も従うだろう」と川崎に同情してやっていると、万菊は増山に話す。

ある日、増山は川崎から一番気に入らないのは万菊だ。素直に従っているのが、バカにしている風に取れる」と聞かされる。


芝居が開幕、なかなか評判が良い。

万菊が「恋をしている」と噂になる。

相手は演出家の川崎。

増山は、万菊の「一緒に食事をしたい」という伝言を川崎に伝える。

増山の目からは、万菊は、身も心も「女」


さあ、芝居がハネて、万菊は川崎を待っている。

川崎が来る。

「雪がふってまいりました」と弟子が言う。

玄関です。引用します。


 雪はコンクリートの暗い塀を背に、見えるか見えぬかというほどふっていて、二三の雪片が楽屋口の三和土の上に舞った。

「それじゃあ」と万菊は増山に会釈をした。

 微笑している口もとが仄かに襟巻のかげに見えて「いいのよ。傘は私がさしてゆくから。それより運転手に早くそう言って頂戴」

 万菊は弟子にそう言いつけて、自分でさした傘を、川崎の上へさしかけた。

 川崎の外套の背と、万菊のモジリの背が、傘の下に並んだとき、傘からは、たちまち幾片の淡雪が、はねるように飛んだ。



これ、胸キュン!きました。

見ていた増山も、ショックを受ける。

こんな風に。

幻滅と同時に嫉妬に襲われている自分を知った。


お解りでしょうか。芝居をイメージしてください。


傘を自分が持つことで、


 万菊は男になっている。


 川崎は男装した女。



それを匂わす記述が確かにあります。


歌舞伎という様式美の世界です。

同じテクニックで真相を表現。スゴいなあ!!


誰が書いたんだろう。

なんとなくですが、空と雲の描写が開高っぽい。


タイトルの解読いきます。

せっかく様式美で極まったのにガクッなんですよね。


わざわざ「真女方」というワードが出て来る。

女方=真がない=十具がない=道具がない


「道具」というのが、隠語でございまして……。

殿方がお持ちのアレです。お調べください。



ぜひ、実際に読んでみてください。








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by ukiyo-wasure | 2018-09-23 01:29 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「百万円煎餅」何が白黒ショーだ!


超ワザとらしい題名です。

詳しくはこちら。
https://ja.wikipedia.org/wiki/百万円煎餅


これが、ウィキにあるような話なら、どこが純文学や!なのです。

読者や評論家を「なるへそ、そっか!」と喜ばしておいて……。


よくよく考えてみてください。

白黒ショーのカップルが、堅実な生活をするのはあり得るとして、


クラス会に呼ぶとか、常識で考えて絶対にない!



真相は「夫婦マジシャン」。



「百万円煎餅」=加賀に「百万石煎餅」がある。


「石がない」という意味だとピンとくる。

「石」をどう読むかです。悩みました。

 石=真面目=まじ

 真面目を「まじ」というのは江戸時代からあるそうです。



 百万円煎餅=マジ捨=マジシャン



夫が玩具や機械、カラクリに興味津々なのが描かれています。


ぜひ読んでみてください。


これは三島先生、見事にハメられています。


「清子」「切り抜きの提灯」が出て来たから「谷崎筆」に一票。




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by ukiyo-wasure | 2018-09-21 17:04 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「海と夕焼」誰が書いたんだ!


これも以下の文庫に入っている。
b0230759_00080211.jpg


1272年、鎌倉建長寺の勝上ケ岳へ、年老いた寺男と一人の少年が登って行く。

1272年という年号が重要。鎌倉時代です。

寺男の独白がメインなのですが、彼は碧眼のフランス人

名前は安里(アンリ)


キリストを見たという奇跡体験により、第六回(たぶん)の十字軍を組織し、マルセイユの港にやって来る

大勢の少年を引き連れている。

キリストのお告げによると、そこで祈れば「海が割れる」はずだった。

モーゼのあのシーンのような感じでしょうか。

しかーし、いくら祈ってもダメ

船に乗せてあげようと言う男に騙され、奴隷として売られる

各地を転々とし、中国で建長寺の開祖大覚禅師に救われ日本へ

晩夏の夕刻、山頂から鎌倉の海を眺め、故国の事、「神の助け」がなかったことなどがシミジミと甦るのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーー
詳しくはこちらで。
https://ja.wikipedia.org/wiki/海と夕焼




さてさて、三島自身の解説が「卵」よりマズい。

引用します。

『海と夕焼』は、奇跡の到来を信じながらそれが来なかったという不思議、いや、奇跡自体よりもさらにふしぎな不思議という主題を、凝縮して示そうと思ったものである。


>ふしぎな不思議という主題


何を誤摩化しているんですか!!


この主題はおそらく私の一生を貫く主題になるものだ。人はもちろんただちに、「何故神風が吹かなかったか」という大東亜戦争のもっとも怖ろしい詩的絶望を想起するであろう。


>もっとも怖ろしい詩的絶望


ワケワカメだし!!


まだまだ続きますが、メンドーなので、興味のある人は実際に読んでみてください。



解読、行きまーす。


時は「鎌倉時代」です。この後に、ここが戦場になる。

「太平記」でおなじみ、新田義貞です。

稲村ケ崎のシーン。

海に剣を投ずると、浪が引き陸地が現れる。

そこを通って進軍、勝利をおさめる。


詳しくはこちら。
https://ja.wikipedia.org/wiki/新田義貞#稲村ヶ崎突破と鎌倉攻略


タイトルですが、

「海と夕焼」をじーっと見てください。


「夕焼」は、昔はこれでも「ゆうやけ」と読んだ。


でも普通は「夕焼け」です。



 「け」がない=剣がない



アンリたちが祈っても奇跡が起きなかったのは「剣」がなかったから



誰が書いたんだろう。

三島の中の人は、谷崎、深沢、源氏鶏太、開高健……。

谷崎っぽいかも。どうでしょう。

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by ukiyo-wasure | 2018-09-20 16:15 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島由紀夫「卵」オチは?


以下の文庫に「卵」が入っています。

b0230759_00080211.jpg

落語みたいな話。


偸吉、邪太郎、妄介、殺雄、飲五郎の五人の大学生。ボート部。体育会系です。名前の通り、盗み、女を追っかける、嘘つき、凶暴、飲んべえな輩。

彼らが、一つの下宿で共同生活。
騒々しくて、周囲は迷惑。

とくに毎朝、生卵を呑むときの、殻を割るときの野蛮な大音響は近所の人も辟易。

ある日、彼らが逮捕される。
捕まえた警官、顔がのっぺらぼう。
みんなツルッと「卵の顔」。

卵を呑むから、卵族(?)の怒りに触れたらしい。

裁判で死刑判決。

が、よく見るとそこはフライパンの中。

五人は把っ手を伝わって逃げる。
先端にぶら下がると、裁判所全体がひっくり返り、数千の卵たちは割れてしまう。

通りかかった石油輸送車に頼み、大量の卵液を下宿へ運んでもらう。

それから毎日卵料理。

五人は毎朝の、生卵を割る楽しみを失ってしまった。

ーーーーーーーーーーー

気の利いたギャグが散りばめられ、ノリのいい文体で書かれています。

ぜひ読んでみてください。



で、解説を三島自身が書いている。

引用します。

『卵』(昭和二八年六月号・群像増刊号)は、かつてただ一人の批評家にも読者にもみとめられたことのない作であるが、ポオのファルスを模したこの珍品は、私の偏愛の対象になっている。学生運動を裁く権力の諷刺と読まれることは自由であるが、私の狙いは諷刺を越えたノンセンスにあって、私の筆はめったにこういう「純粋なばからしさ」の高みにまで達することがない。



うーむ。悩ましいなあ。


「ポオのファルスを模した」「偏愛」「諷刺を越えたノンセンス」……相変わらずの観念的でイメージの立ち上がらない表現。


こうゆう文章を書く人には、この作品は書けないと思うなあ。



 深沢が書いたでしょ。




つうか、オチ、解ってるのかなあ。



 卵=卵白と卵黄=ワンパクと乱暴







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by ukiyo-wasure | 2018-09-20 01:05 | 詩・文芸 | Comments(0)

平野啓一郎さん「一月物語」ウソ物語?


「日蝕」の続きは、置いておきます。

文庫に一緒に入っていた「一月物語」読んでみました。


似ているんです、この雰囲気。

三島由紀夫です。

正確に言うと、源氏鶏太が代筆したと思われる三島由紀夫の作品。


夢だか狂気だか、何が何やらという世界。

高子という女性は「伊勢物語」を連想します。

水面の月は、もろ三島。

「雨月物語」の雰囲気もある。

こうゆうのは、考えちゃいけない。

だいたい「見毒」って何ですか。


これはもう、

「夜の車」=「狂気カー」の世界でしょ。



「孔雀」って作品、前に解読しました。


 孔雀=麻雀パイのイーソ=五ソ=ウーソ=ウソ



一=ピン

月=クとニに分ける(和歌のテクです)

クニ=国=コク


ピンコク=ピーコック=孔雀=ウソ



 一月物語=ウソ物語



主人公の名前「井原真柝(いはらまさき)」もね。

=ひ=下は=かは


  かははらまさき


逆から読んでみてください。



暑さのせいで、脳がイカレてると思われそう。


平野さんの作品、他も気になります。



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by ukiyo-wasure | 2018-07-20 16:43 | 詩・文芸 | Comments(0)

芥川「地獄変」をオトナ読みしてみた


「火花」に、「地獄、地獄…」「死ね!死ね!…」が出て来ます。

当然、何か意味があるはず。

どうも、ベースに「芥川」「芥川賞」が見え隠れする。

芥川関連で「地獄」といえば「地獄変」

地獄=地獄変の「変」なし

死ね=シネマの「マ」なし。マ呑=マトン

そういえば、ジンギスカン鍋が出てきます。


そんなことを考えていたら「地獄変」の「変」が気になった。

変じゃない? 「地獄篇」なら解るけど……。


さっそく読んでみました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/地獄変



うーん、偉い先生方が「芸術至上主義」とか言っていますが、ホントかねえ。

一人称の語り形式です。

語り手の立場が、大殿様の側近らしい。

大殿様と絵師の会話は、実際に見聞きしている。

絵師の私生活については、弟子からの伝聞。

その他は、噂とかそんな感じです。

一人称は、語り手が「嘘をついている」可能性もあるのです。

谷崎の場合、嘘をつかせる場合は、手紙形式にしたりします。

もう一つ「外枠」を設定して置く。「痴人の愛」や「卍」です。

この「地獄変」も、怪しいところがある。

見て来たような嘘を言っている感じ。

飢えて人の肉を食って以来、鹿の生角さえ裂くようになった侍とか。猿がお辞儀をしたとか……。


現実社会でも、一つ嘘があったら、全部が疑われる。


 地獄=苦労する=クロスる=×る=メル

 変=ヘン


  地獄変=メルヘン(ほら話)





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by ukiyo-wasure | 2018-07-03 23:37 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「孔雀」はウソ

文學界 1965年2月号に発表。


遊園地の孔雀が殺され、孔雀好きの中年男性が疑われる。

地元の名士で、遊園地もかつては彼の家の土地であった富岡。

彼の妻は、若い頃オペラ歌手志望であった。

彼は、孔雀殺しのニュースに「一種の感動」を受けていた(異常性のほのめかし)。

刑事が訪ねて来る。

レトロな趣味の置物、ほこりっぽい屋敷……。

そこに「十六七の美少年」の写真。

富岡の若かりし頃のものであった。

その後、また孔雀が殺される。犯人からの金銭の要求がある。

傷の分析から、犬にかみ殺させたらしい。

富岡は、おとり捜査の刑事に同行し、夜の遊園地に潜む。

富岡の本心は「孔雀の殺戮」を生で見たいということ。

夜も更けた頃、孔雀の小屋に近づいて来る者があった。

その者は四五匹の犬を連れている。


ラスト、引用します。 

ふと月に照らされた白い顔を見て、刑事は聲をあげた。 
それはまぎれもなく、富岡家の壁に見た美少年の顔である。……


全集の解説によると、三島がとても気に入っていて、「私が最も愛するのは『孔雀』である。美の殺戮者としての美少年の永世〜ナンタラカンタラ」と、例の、観念的な語句を並べ立てた評を書いている。


よく読むと「鳥づくし」です。「鳥系」はたぶん、源氏鶏太が書いていると思う。

ウグイス、カナリアはこのまま出て来ます。

新聞記事=キジ

家の中の懐古趣味=過去=カッコウ

水薬の臭い=うがい薬=鵜飼

金銭要求の脅迫状=押し取り=オシドリ

オペラ歌手志望だった妻は、マリア・カラスにかけてカラス
(ときどき軽蔑の目で高所からちらと見やった。)


そして最後の、犬を連れた美少年。

犬=狗=九。九を連れた鳥=鳩

鳩が出たので、やっぱり源氏鶏太でしょうね。何度も登場していますから。


さて、じゃあこの物語はいったい、何を表現しているのか。

なぜ「孔雀」でなきゃダメなのか。

すべての答えは「孔雀」にあるハズなのでーす。


雀=じゃく=時空 または、ピーコックのコック=

孔=

と、読めるので、タイムトンネルかと思った。

富岡の過去=美少年が、現在にやって来たのかと。


それでは全然ツマンネー!なのです。

じつは夢だった、みたいな。それこそカビ臭いテクニック。



途中、意味深な表現がある。

孔雀は「生きることにもまして、殺されることが豪奢」

「孔雀は殺されることによってしか完成されぬ」

「人間の企てるあらゆる犯罪のうち、もっとも自然の意図を扶(たす)けるものになるだろう」


何のこっちゃ。


皆様、麻雀には詳しいですか。

私は、昔教えてもらったけど、全然興味が持てなかった。
だから、ルールすら知りません。

が、孔雀の描いてある牌は知っている。


索子(ソウズ)の1。一索(いーそ)です。

こちらでご確認を。
https://ja.wikipedia.org/wiki/麻雀牌


孔雀=一索(いーそ)。一=いつ=五=ウー



 孔雀=ウソ  


見事な「落とし」です。「心中」「橋づくし」のセンス。


言うまでもなく人麻呂の「あしびきの」と同じ、鳥のウソと嘘を掛けている。

麻雀用語で「殺す」に一致するものはあるでしょうか。

「切る」も一応「殺す」に通じますが。


麻雀に詳しい人に、ぜひ読んでいただきたい。

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by ukiyo-wasure | 2018-07-03 13:16 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「荒野より」は間男


「英霊の聲」が入った全集17巻にあったので、短いから読んでみました。

1966年の作です。


なんかもう、よってたかって三島をからかっている感。


一人称で、主人公は三島自身という設定。


朝の7時に、外が騒がしくて目が醒める。
若い男が敷地内に侵入したのだ。
門はカギがかっている筈だから、家人は「不審者」として110番。
男は二階の書斎の窓ガラスを破って侵入。
三島とそこで対面。
男を三島は「文学的観念的狂人」と呼ぶ。
何度か来た事があるが父が追い払った男である。
何事もなく男は警察に連行される。
後で、三島と父親が警察に行き男は結局逮捕される。


このスタイルが、谷崎や「中の兄さん」たちが得意とする、「主人公視点」で読者を誘導しちゃう手法です。

ダマされている主人公の一人称視点。


「知らぬは亭主ばかりなり」視点です。


まず、侵入者はどうやって入ったのでしょう。

オカシイでしょ。

ヒントは、主人公と妻は寝室が別

冷えてますねえ、二人の関係。

妻が上手いことを言って「木刀を取り上げている」

警察での描写によると、男はなかなかのイケメン


以上から、男は間男と考えられます。

見つかって「文学的観念的狂人」のフリをした。

帰るところを見つかって、「入って来た」ことにしたわけ。

イザというときのために、日頃より「文学的観念的狂人」のフリをしていたのでしょう。


タイトルを読みます。


  荒野より=甲夜より



甲夜とは、夜の七時から九時頃だそうです。

前日、門が開いていた時刻にやってきて、妻の寝室でラブラブ。



こんなこと、本人が書くと思います?


三島自身はオチすら解っていないと思う。

書いたのは源氏鶏太でしょう。

男が書斎で百科事典の第九巻「クンからケンチ」のページを見ていたという記述。

ワザとらしい、回収されない伏線。


 ケンチ=源氏




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by ukiyo-wasure | 2018-06-27 16:41 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「英霊の聲」はギャグ


「憂国」「十日の菊」とコレで「二・二六事件三部作」だそうです。


詳しくはこちら。
https://ja.wikipedia.org/wiki/英霊の聲


「憂国」についてはすでに書きましたが、こっちの方が「気づいた人」絶対多いでしょ。

まるで「ドッキリカメラ」か「モニタリング」の世界。

「あれ?何かおかしいな」と思っても、三島由紀夫が書いたという先入観で、「自分は文学が理解できてないのかなあ…」と思っちゃう。


宗教的な儀式の中に入ると「洗脳」状態になるのと似ています。


川崎という盲目の霊媒師の青年に、二・二六事件の将校やら、戦争で死んだ「霊」たちが乗り移っていろいろ言うわけです。


途中ね、何これ?というのが出て来る。

怪獣とかスモッグとかです。

支離滅裂なところも多く、どうも「からかわれてないか?」な、感じなのです。


最後、霊媒師は、仰向けに倒れ死んでしまう。引用します。


死んでいたことだけが、私どもをおどろかせたのではない。その死顔が、川崎君の顔ではない、何者とも知れぬと云はうか、何者かのあいまいな顔に変容しているのを見て、慄然としたのである。


能の形式にのっとり、しめやかに、ずーーっと来てコレです。


何を意味するのか。それが解けなきゃ「読んだ」ことにならない。


まず、川崎君は、なぜ死んでしまったのか。

「耳なし芳一」をご存知ですね。

耳にお経を書き忘れたから、耳をちぎり取られた。

川崎君も、恨みを持って死んだ霊を呼び出すなら、全身にお経を書かなきゃダメでしょ。

死んで当然です。

だって、相手は平家の怨霊たちなのですから。


題名をよーくご覧あれ。


  英霊の聲=平霊の所為(せい)



あいまいな顔に変容=変化=平家


「掌の小説」の「心中」とまったく同じセンスです。


こんなに長く引っ張って、ドンと落とす。


源氏鶏太か深沢か。海軍経験のある源氏鶏太かなあ……。

「死刑」が出てきますし。

(源氏鶏太=源・死刑だ)


三島由紀夫はまったく読めていないと思う。

「美学」って何ですか。「美意識」ならまだしも……。

気の毒です。

読めていたら、三島事件はなかったかもしれない。


興味のある方、ぜひ読んでみてください。




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by ukiyo-wasure | 2018-06-26 01:02 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「好色」は深沢かなあ


「三島由紀夫全集/2」に入っている「好色」という短編。

昭和23年『小説界』に発表。その後どこにも掲載されていない。

すっごく可笑しい作品です。

「盗賊」を読み始めて、挫折。三島調の文体、やっぱり無理。ニワトリさんの代筆だと私は思っていますが、クド過ぎ。

そうゆう中で、この「好色」はちょっと違う。

冒頭の一文が短い。


 大へんな鼻であった。


「つかみ」です。上手いなあ。「えっ?」ってなる。


お祖母さん子の公威は〜と、三島由紀夫の祖母の兄弟という設定。

鼻が大きい。つまり天狗みたいなの。

ピンときます。ああ……志賀直哉のことかって。

深沢の文章は、クドくないのです。

リズムと「間」がある。

この変な鼻デカ爺さんについて、

お菓子では大福餅が好き、その大福持ちも両手でぺちゃりと平べつたくした上でたべるとおいしいといっていた。


こうゆうのが「深沢調」だと思うんですよね。証拠はありませんが。

封印されのは、あまりにも「三島調」と掛け離れているからだと思います。


この奇行爺さんは、頼安というのだけれど……、

題名「好色」は「鼻が大きい」に掛かっているのだけれど、ホントはね、



「女子色」と読んで「赤」=バカ



石原慎太郎さんの「黒い水」を解読したら、黒=男色。

「男色秘密」になりました。

それでピンときました。

ランドセルでも上履きでも、男子は黒、女子は赤という時代がずーっとありましたからね。


興味のある方、図書館で「全集2」。読んでみてください。

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by ukiyo-wasure | 2018-06-23 02:41 | 詩・文芸 | Comments(0)