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三島「侍童」伊佐子は補導員!


三島全集7にチャレンジ中。


メインは「夏子の冒険」です。


「禁色」と同時期の作品で、これが同一人物の作品か?というくらい、軽やかな文体で読みやすい。

一読して「源氏」のスカシ入りです。

珍しく「オチ」が表に出ている。

これは「伊豆の踊子」系トリックだと解った。


季節はなんですが、北海道の植物、狩猟期間、方角、時刻(夜中に獲物が狙える?)など、ウソが入っていると思う


再読して確認しようと思っているところ。



興味のある方、そういう観点で読んでみて下さい。北海道にはない花とか、出ていると思う。






その前に、最初の短編「侍童」をパラパラ読みしました。


みーんなダマされたと思う。


来島久という高校生の美少年が主人公。

旧華族の坊ちゃんだけれど、思春期で、親をだまして寄付する時計を「委託販売」にし、その金で、女を買いに行く。

ボランティアでバザーの手伝いをしている23歳の未亡人の伊佐子

バザー会場で出会う。

ここから、読者は、二人が「一目惚れ」して、これは「恋愛小説」だなと、作者のトリックにまんまと引っ掛かる。


伊佐子はクリスチャンです。


久の非行を知ったとき、「愛」か「訓戒」か悩む。


キリスト教的「愛」の意味を「色恋」と誤解させる手法。


「訓戒」には「罰」も含まれる。



ラストのポイントとなる部分。

二人が駅に向って歩いていると、自動車がギリギリを通る。久はとっさに伊佐子の体を支えた。危険がすぎた後も、伊佐子の背は久の腕に凭(もた)れていた。


次〜ラスト、引用します。


 久はこのときはつきりと自分の腕に男の腕を感じた。


「恋愛小説」と読めば、「男の腕」は久自身の腕ね。

ま、第三者の登場でしょう。警察官か、そういう人物。



 その感触から、伊佐子がどこへ向って歩いてゆこうとしているのかが、わかるやうな気がした。


「恋愛小説」と読めばラブホ? 実は警察署




 伊佐子がどこへ行こうと、久はそれに従はねばならない。



そりゃそうだ。


 なぜならたとひ久がそこへみちびく形をとらうとも、伊佐子は愛らしい訓戒者の確信を以て、彼女こそこの美しい侍童をみちびいたと信じるであらうから。……
ーー駅はもう目の前だつた。


伊佐子の姓は「陶(すえ)」

超ワザトラです。


「陶」=人をみちびき教えて、人間性を形づくる。例:薫陶(くんとう)


侍童=児童


児童は、普通は「小学生」くらいのことですが、法律では「未成年」のことらしい。




by ukiyo-wasure | 2019-02-06 12:37 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「禁色」檜俊輔の「醜さ」とは


やっと読み終わりました。ああ、しんど!


ストーリー的には、良い歳をした爺さん婆さんが「色恋」にうつつ。

難しい言葉の羅列でゴマカシていますが、超ミーハーな話です。

他に考えることないの?コイツらってなって、投げ出したくなる。


むっつかしいことが、ダラダラと「嫌がらせ」のように書かれていますが、すべてはカムフラージュでしょ。


それに「禁色」ってタイトル、全然関係ないし……。


ということで「メタファー小説」なのでした。


前の記事の、


『母親の愛情つて全く大へんなもんだ』とその醜さのためにつひぞ実母に愛されなかった俊輔は考えた。


この「醜さ」こそが最大のポイントと書きました。


もしかして……と思わせたのが、北斎のこの絵。「羅漢」です。
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背中のアップです。
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「せむし」を表現している?と疑った。

そして、肌の色や髪が東洋人っぽくない。


せむし=せ・うし=せ・附子=せ・ふす=ぜうす

キリストのこと?


いろいろググっていたら、偶然でしょうが「旧約聖書」のイエスは、白人ではなく、そして「せむし」であったと書いてあるらしい。


「せむし」といえば「ノートルダム」です。

こちらをググりました。

主人公のカジモドは、親に捨てられる。

えっ??

「禁色」の檜俊輔に結びついたのです。


檜俊輔、文豪、66歳。


彼の「醜さ」の意味は「くる病」ではないか。

関節痛という持病も当てはまる。

そういう前提で読むとすべてが納得できるのです。


それとね、やっぱり「源氏物語」がスカシで入っている。


どうゆうわけか「火事」がところどころに出て来ます。

「源氏物語」では「柏木」が「火事」です。


「柏」はヒノキ・スギなどの針葉樹を表している。


  檜=ヒノキ=火の木となる。


「ノートルダム」の主人公はカジモド」


俊輔の醜さについては、いろいろな表現が出て来ます。

具体的なものは、ほとんどが「顔」について。

ただし、さりげなく、講演会の描写で、

秋の最初の寒さの感じられる午後だったので、背中に真綿を入れた老作家の鬱陶しい洋服姿は、講演の世話人たちを怖気づかせた。



あと、俊輔に言わせると、思想は肉体の誇張らしい。


大きな鼻を持った男は、大きな鼻という思想の持ち主であり、ぴくぴく動く耳を持った男は、従ってまた、ぴくぴく動く耳という独創的な思想の持ち主である。


俊輔は自殺し、一千万円の遺産を悠一に残す。


最後、引用します。

一千万円、花が何本買えるだろう、と若者は心に呟いた。(中略)駅の前には二三人の靴磨きがすでに並んでいる。『まづ靴を磨いて……』と悠一は思った。



オシャレは足元からってことですね。



カジモドは、Qussimodo。

発音が「クァジモド」となっているものもある。


  クァジモド=足元


「禁色」ですが、

=金=かね=下ね=の=下ひ=灰=

=情夫=虫が付くの「虫」



  禁色=背虫(せむし)


  

「中の人」は開高健っぽいと書きましたが、当時21歳。

源氏鶏太かなあ……とも思ったけど、

第二十六章の、ゲイの集まりの描写、


 なかには新顔もあつた。健ちゃんというのがさうである。






*追記


「中の人」の皮肉取れる表現が出て来ます。


第三十二章


その彫虫の小技を、世間では刻苦勉励と呼びなした。


*彫虫の小技=細かい部分の技巧にこだわって
       飾っただけの内容のない詩文のこと。


*刻苦勉励=心身を苦しめて仕事や勉学に励むこと。





侮蔑と美文とは生涯彼についてまわつた痼疾である。













 







by ukiyo-wasure | 2019-02-02 16:39 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「禁色」奇々怪々


三島の「禁色」なんですが、一回挫折して、再びのチャレンジ。



「禁色」


(群像 1951年1月-1953年8月)26歳
 •第1章-第18章(群像 1951年1月-10月)
 •第19章-第33章(文學界 1952年8月-1953年8月)


もう、どうしてこんなグチャグチャなものを書くんだ。

「豊饒の海」と同じ神視点

登場人物の各々に感情移入して書くから、読む方は超疲れる。

悠一なんて、いちいち自分の行動の心理分析するタイプか?


投げ出したくなるけれども、投げ出せない。


メッチャ気になるポイントがゾロゾロ。


第二章「鏡の契約」


『母親の愛情つて全く大へんなもんだ』とその醜さのためにつひぞ実母に愛されなかった俊輔は考えた。


ものすごいツッコミどころでしょ。


「実母に愛されないほどの醜さ」



どんな容姿なんだ??



これぞ、この作品のテーマであり、三島に解らないように「中の人」が仕込んだ「ワナ」に違いない!


「北斎」の絵を見ていて、ふと、「もしかして……」となり「仮説」が立ちました。


「禁色」という題名も、そのように解釈可能。



もう一つのビックリは、これも第二章


あらゆる文体は形容詞の部分から古くなると言われている。つまり形容詞は肉体なのである。青春なのである。悠一は形容詞そのものだとさへ俊輔は考へた。



「あらゆる文体は形容詞の部分から古くなる」


開高健の講演CDを聴いたとき出て来た。


「古くなる」でなく「腐る」だったかも。


ナルヘソと思ったから覚えている。

形容詞はコワいのです。

「美しい」「優しい」「美味しい」「素敵な」なーんてのは「主観」だから、安易に使うと安っぽい「広告文」みたいになる。


他にも、私的に「開高ワード」としているものがゾロゾロ。

「胸苦しい」「助手台(助手席)」「上質紙」「と見かう見」


1951年、開高健は21歳。

早くから奥様と同棲していたと思うので、小説の内容と一致はする。


前半の第十八章まで読んだところです。

胃が痛くなる、肩が凝る文体に負けず、がんばって最後まで読んで「仮説」をたしかめなくっちゃ!



追記

タイトルの「奇々怪々」は、「楯の会」がなぜ「盾の会」じゃないのかと、いろいろに解読を試みていたとき、

楯=木棄(木はいらない)
の=下ひ

「楯の会」=奇々怪々

とも、読めるなあってなったから。















by ukiyo-wasure | 2019-02-01 13:07 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「音楽」まとめ


音楽=サウンド=海峡

ということで「海峡づくし」の小説。

知らぬは主人公ばかりという、じつはドラマの撮影。


第3章の、麗子の言。


「あ、音楽がはじまる」と思った瞬間に音楽がきこえなくなる。

音楽という観念が音楽自体を消す。



セリフとサウンドエフェクト(効果音=BGM)の関係かと。


後から入れるので、「音」が入るところは「無音」。


トラウマとして登場する「ハサミ」は「編集」のための「カット」を意味していると思う。



興味のある方、こんな感じで読み直してみてください。

by ukiyo-wasure | 2019-02-01 11:38 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「音楽」は海峡づくし(39)〜(44)ラスト

39 大隅海峡 オオスミ

麗子は、故郷の両親に

「一人にしておいてください。でも“送金”はよろしく。しいて私に会いにくると、取り返しがつかないことになりますよ。心を慰めるためには“お金”がいるので、できるだけ沢山、おねがいね!」


というような、シタタカな手紙を送る。

脅しと懇願ですね。


こうゆうのを「相手を懐柔する」といいます。

懐柔=下い・じゅう=う・ぢゅう=宇宙=大空(たいくう)=大隅

ラスト。

かれらは娘をまるで腫れ物にさわるように扱っていたのである。


「腫れ物」は、地球の吹出物である火山(桜島)のことでは。





40 朝鮮海峡 チョウセン

九月の午前、麗子から電話がかかってきた。

「おはようこざいます。麗子です」

『山谷の生態』というドキュメンタリー番組で、ドヤ街にいる兄を発見したという。

とても短い章です。

朝に、わざわざ、電話してきた。


朝に=あさ2=朝鮮

 「鮮(あざ)やか」と読みますから。

 
わざわざ=あさあさ=朝鮮



41 紀伊水道 キイ


主人公と看護婦の明美、麗子、隆一の四人で山谷へ。

彼らはドヤ街にふさわしい恰好に変装。

それぞれ工夫を凝らしているが「へんてこ」なのです。

 奇異な恰好=紀伊

 いと奇異=糸己伊=紀伊


こんな感じです。



42 珸瑶瑁海峡 ゴヨウマイ


屋台にいる兄を発見。

赤ん坊をおぶっている。

妻に「売春」をさせて自分は子守りという生活。


妻の帰りを「待つ夫」です。


待つ夫=松夫=五葉(松の品種)夫(ぶ/舞)=五葉舞=珸瑤瑁



43 土渕海峡 ドフチ


四人は麗子の兄に会い、彼の住まい(ドヤ)へ行く。

書き忘れました。Rさんという、山谷で顔が利く案内人も一緒。

だから、狭い部屋に、大人6人と赤ん坊。

ここで、重要なシーン。


「俺が何で喰っているかは大体わかるだろう。こうして男が、赤ん坊の面倒を見て一日ブラブラしているからは……」

「つまり、その赤ちゃんの妹さんが働いているわけなのね」

「え?」

 麗子は自分の言いまちがえに気づいて、顔を赤らめたが、それはこんな些細な言いまちがえにはふさわしくない、まるで世界一下品な言葉を口にしたような恥ずかしがり方であった。そしてひどく不器用にこう繰り返した。

「つまり、その赤ちゃんのお母さんが働いているわけなのね」



そのあと、こんな場面も。


「ああ! 可哀相に! 可哀相に!」
 麗子は突然身を折り曲げて、眠っている赤ん坊の頬に自分の頬をすりつけた。



クールな麗子さんが「お涙ちょうだい」状態に。


この章は、言い間違えがポイントですから。

 ドジ=十ぢ=土渕

 羞恥=十ち=土渕


主人公は、言い間違えを、兄の子を生みたいという深層心理が言わせたと解釈。



44 平舘海峡 タイラダテ

やっと、辿り着きました。オチです。


麗子のケースによって、私は流露と阻害、破倫と純潔、精神と肉体、その他の相対立する構成要素のドラマチックな組み合わせを見、多くのことを学んだように思う。


並立の表現です。


 並立=平だて=平舘



その後、麗子と隆一は半年後に結婚したが、山谷で別れてから一週間、何の連絡もなかったので、主人公は「いらいら」した。

 いらいら=いらだち=平舘



一週間後、電報が来る。


 それには簡単に、ただこう記されていた。

『オンガ クオコル」オンガ クタユルコトナシ」リユウイチ』



これで「完」です。


電報文の「区切り/間」が変ですよね。


 間ちがい=勘ちがい


平舘=平屋=平家から「平家物語」を連想。


「平家」の「勘違い」といえば「猫間」です。

「猫間が来た」を「猫が来た」と勘違いする木曾義仲。


私の大好きなシーンです。


「源氏物語」では「猫」といえば「虎」でした

日本に虎はいませんし、ネコ科ですから。


 猫間=虎間=ドラマ



すべてが「ラジオドラマ」だったのでーす。

麗子の言い間違えは、セリフを間違えた。
それが「羞恥」の理由。


看護婦の明美もグルでしょ。診察室での会話はすべて録音されていた。


7章に気になる場面。

明美とベッドの中です。

行為のあいだの或る瞬間に、私は、レコードの音楽が尽きて、針が盤面の音のない溝を軽くこすっていつまでも廻っている、そのかすれた音をきいたような気がした。ーー中略ーーもとより私の寝室には、蓄音機もなければ、レコードもまわっていなかった。


テープレコーダーが仕掛けられていたのでしょう。






一人称では、主人公の実体験以外は、麗子その他の登場人物の証言でしかない。ぜーんぶ、作り話の可能性もアリなわけです。


なぜ一人称で書くのか。

読者を「ダマす」のが目的の場合が多い。

こうゆうテクは、「小説家養成講座」みたいなところでは教えてくれるのでしょうか。





* 釣島海峡 ツルシマ
* 早岐瀬戸 ハイキ


が残りました。

残ったものに意味があるのでしょうか。

「釣島海峡」は「ちょうとふ」=「蝶飛ぶ」で「平家」の「家紋」かなあとか。


一番の謎は、何で「海峡」なのか。


最後に「平家」にオチて、ますます、ゴーストは深沢だと思う。

「沢」は「谷」であり「峡」でもある。

「海」=「み」=「深」だし。


海峡書く=深沢書く?





*追記

「花束を買う場面を見ている主人公」が出て来る。

もしかするとラジオドラマではなく、

ドキュメンタリー番組(映画)、じつは「ヤラセ」って設定?

主人公はテレビをほとんど見ない人の気がする。

だから麗子や隆一が俳優だと気づかない。

精神科に通う有名女優のエピソードが出て来るし。








by ukiyo-wasure | 2019-02-01 01:01 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「音楽」は海峡づくし(38)



38 小鳴門海峡 コナルト


この章はけっこう長い。

消去法で「海峡」も残り少ない。


ラストの一文。


この人口一千万の大都会からどうして麗子の兄を探し出すか、私に何の目算があるわけでもなかったが、思いがけない機会は、やがて向こうからやって来たのである。



「向こうからやって来た」



 御成門=おなりもん=小鳴門



さて、中身はメッチャ難しい。

ので、「こういう解釈」どうでしょう?というレベルですが、



麗子が兄に押さえつけられている。

ふと見ると本棚に「西洋鋏」が。

手に取って枕の下へ。

いざとなったら、兄の頚に突き立てて殺し、自分も死のう……。

しかし、鋏は使われなかった。そのために、



「それを使ったら天国へ行けた筈の鋏を、使わなかったばかりに地獄へ堕ちてしまいました」



「西洋鋏」という表現。引っ掛かる。


シザー=431=合計8

兄=2


2に8を突き立てると10=10国=天国

8を使わなければ2=2獄=地獄


 鋏(8)は私の指の中でカチカチと慄えーー中略ーーそのひそかな、可愛らしい鳴音をききました。


カチカチ=下ち下ち=りり

鋏=8=蜂=「源氏」では「鈴虫」 

リリ…は鈴虫の鳴音?



「鋏をそっとベッドと壁の間へ滑らせました。ーー中略ーー先生、そのとき私は決定的に良心を失い、破廉恥な女になったのですわ」


8=恥を捨ててしまったからでしょう。


こういう、コジツケではございますが、

鋏=8とした解釈から、


 御明算=お鳴「3.6」=お鳴9=お鳴下10=小鳴門



ラストの一文に「目算」もありますし。


この章あたりで、麗子の「臭いセリフ」が鼻についてくる。


例の「一人称のお約束」で、「知らぬは主人公ばかり」を疑いたくなって来るのでした。


by ukiyo-wasure | 2019-01-29 12:03 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「音楽」は海峡づくし(32)〜(37)



33 新知海峡 シンシル/シムシル


主人公は、麗子について、

どんなに深く彼女の肉体を知った男よりも、私のほうがよく知っているという、すべての男に対する軽蔑感があった。 


 真(深)知る=新知





34 千島海峡 チシマ


麗子の、子供の頃、父親とお風呂に入った思い出。 

 銭湯=千島



私『音楽を奏でる鋏』をいつも探して来たような〜

『ハサ美ちゃん。今日はお元気?ー中略ー何を切ったの? 折紙ですか? 青い紙? 白い紙? 黄いろい紙? それとも緑の紙?〜』



「紙切り」でしょ。 
 

 音楽=お囃子=チントン=千島



 私は黙ってきいていたあげく、突然メスをつきつけるように、こう問いつめた。
「あなたは最近、失踪していた兄さんに会いましたね」 


 メス=剪刀=千島





35 壱岐水道 イキ


 麗子の顔は、一瞬のうちに血の気が失われ、目はみひらき、頬は乾き、くちびるはひきつって、今までの麗子の顔がたちまち別の年老いた臨終の女の顔に変貌してしまったように見えた。 


「山姥」などの鬼婆のイメージです。

壱岐には鬼伝説が多く、「鬼が島」と呼ばれる由縁らしい。

主人公は、次々と質問攻めにしていきます。

 私は正に一気呵成に押した。 


  一気=壱岐





36 本渡瀬戸 ホンド

 実は彼女は隆一と知り合う前から、失踪していた兄に会っていたのである。


 実は=ほんとは=本渡



 麗子にはそういう兄の変貌を温かく理解する余裕が十分あったが、兄のほうに寄せつけない柵が感じられた。

 『どういうのだろう』と麗子は思っていた。『兄さんがどんな人間に堕ちていようと、私にとってはなつかしい兄さんにちがいはないのに』



「どういうのだろう」?

はい、「温度差がある」といいます。


「温かく」がヒント。 


 温度=本渡


兄の同棲する女が「妹」だと信じない。

「妹なんて本当に厚かましいわ」


言い争いがコジれ、なぜか、兄は麗子にキス。

さらに、同棲相手が見ている前で「やっちゃう」のです。

戯れから「本気になる」

出たー「気になる」=「金になる」=「と」
 

 本気になる=本と=本渡




37 紀淡海峡 キタン

さて、やっとこの章に辿り着きました。

今までのところはコジツケでも何でもよい。

この章は、じつに上手い! さすが…たぶん、深沢。




兄と妹が「交わって」しまったわけですが……、


 それはあまりに猥雑であるために、猥雑を通り越して神聖になった一つの儀式のようなものであった。
 麗子はそのとき、人間の性のいとなみ、愛のやさしさの中にひそむ、或る神聖不可侵な本質を、この獣行を通じて感じ取ったのにちがいない。


 実際、神聖さと徹底的な猥雑さとは、いずれも「手をふれることができない」という意味で似ているのであって、麗子がこのとき感じた比類ない汚辱感が、やがて神聖さの記憶に転化されるのを、読者はのちに見られるであろう。……


どうです。いかにも「三島調」ですよね。


さらに行きまーす。

 次第にあのせまいアパートの一室は、小さな神殿の奥の間のように思いなされ、神秘的な光がどこからかさし入って、三人の登場人物を照らし出していた。



そうなんです。二人は神聖なのです!


「古事記」のイザナギとイザナミ。兄妹でありながら夫婦になる。

そして「日本創生」つまり「国産み」です。


最初に生まれたのが「淡路島」


「淡路島の歴史」


「紀淡海峡」は「紀州」と「淡路島」の間にある。





あらためて貼っておきます。

三島「音楽」








by ukiyo-wasure | 2019-01-27 22:42 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「音楽」は海峡づくし(26)〜(32)



26 温祢古丹海峡 オンネコタン


不能の花井と、不感症の麗子が、裸で一緒にベッドの中。


突然、麗子が……、 

 身をくねらせ、私の手の甲に歯をあてました。私は呆れて眺め、それをひどく美しいと思い、ついで怒りにかられました。


と、っぽい。


こんな描写も。 

 麗子の目が突然かがやき出して、又灯を消したように暗み、ややあって又かがやき出すのを花井は感じた。


猫の目のように気まぐれよ〜♪


他にも「何日か帰ってこなくても放任」など、っぽい描写。


ということで、
 

 子猫に=オネコニ=温祢古丹


あるいは

 脱ぐ猫に=温祢古丹?


ラストの、

 嵐の日の気圧計の指針のように震えていました。


「気圧計」

「温禰古丹島(おんねこたんとう)」


が似ています。





27 備讃瀬戸 ビサン


診療所を出て行った花井を、窓から見下ろす主人公。


花井は花束を買う。そして、
 

 セロファン包みを引きちぎり、その花を、丁度走ってきたトラックの車輪の下に投げ入れたのである。 
 トラックが去ったあと、街路にはふしぎな形の汚点ができていた。それは何だか、美しい女の嘔吐の跡のようで、私がその濁った野蛮な色調に気をとられているあいだに、花井青年の姿は消え失せていた。…… 



 飛散・悲惨=備讃





28 捨子古丹海峡 シャスコタン

江上隆一によると、麗子が「かくまってくれ」とやって来たという。



 抱きかかえるようにして階段を上ったとき、彼女がひどく目方が軽くなったように思えました。
 

つまり「捨て猫」を拾った状態ですね。


 部屋の中に坐っても、麗子は落着かず、おびえたようにあたりを見回していました。


 頚を絞められて窒息する感じがするんだそうです。


ノドをゴロゴロ?  


  捨て猫に=捨子古丹 

  「捨てネコタン」なら、かわゆー!





29 浦賀水道 ウラガ 


 それは丁度台風警報の下った海岸の見張所で、徐々に戸外に強くなる風音を聴きながら、宿直している二人の間に生まれる共感のようなものであり〜


灯台守の映画『喜びも悲しみも幾歳月』をイメージ。


舞台になった灯台の一つが、神奈川の観音崎灯台。


「浦賀水道」に面している。



主人公と明美は、昼食にを食べる。


唇を、鰻の油で光らせながら〜


ワザとらしー。

浦賀水道は東京湾と相模湾を結ぶ。ここを鰻が通る


 いわば江上君は、彼女がここへ帰って来るために利用された橋だった。


鰻が帰って来るための橋ってとこでしょう。



 ヒステリーはヒステリーの真似をすることすら出来るんだ。 



(麗子の行動には)裏が=浦賀





30 根室海峡 ネムロ


 体中に結び目があったのが、いっぺんに解けたような気がするんです。


「結び目」……春樹様ワードですねえ。

この場合は「こぶ」=昆布

昆布の産地といえば利尻と思っていたら、種類によって産地が違うんですね。

根室は「長昆布」だそうです。

麗子の話に、また鋏が「恐怖」のイメージで登場。

昆布は鋏で切ります。


『自分になくて男にあるもの』に対する憎悪と恐怖。

コレが「根」で。子供の頃「切られたんだろ」とからかわれた屈辱感。  


 切られた=根失=根室





31 宗谷海峡 ソウヤ

この章はちょっと自信ありません。

一応、こういうことに。


麗子が「花井に裏切られた」という。

彼だけは「忠実」だと信じていた。

「忠実」とは、彼女に対して「不能」ということ。


ソ連が「日ソ中立条約」にも関わらず、終戦ギリギリで日本に「宣戦布告」し、千島を攻撃。


不能=不可侵

忠実=条約に忠実

これを「裏切った」ということでは。   


 ソ布告=宗谷





32 対馬海峡 ツシマ

これも、いろんな解釈が可能だったのですが。
ここまで来ると「消去法」になっちゃう。 


 たとえ花井が刃物沙汰を起こそうとも、花井にはかなり同情すべき点があって、危険な状況はすべて麗子が作り出したのだ、というほかはない。 
 それなら麗子は何故そのような、不幸な劇的状況を作り出したのであろうか?


イメージしたのが、川端と太宰です。

川端「禽獣」のゴーストが太宰だとしたら、作品が好評でも、相当にムカつくと思う。

川端と思われる主人公は「最悪」の人物。「禽獣」の意味が「犬畜生め!」

冒頭にさりげなく「太宰」という署名入っているし。

川端先生、自分で書いたくせに「この作品は嫌いだ」とは、どーゆーこっちゃ?

芥川賞をやると約束していたんじゃないかと思う。

「禽獣」にムカついて反故に。


  太宰の本名は「津島」=対馬


さらに妄想&深読み。

対馬=たいま=大は……

……小を兼ねる=賞を「下ね/の」る=「の/下ひ」=下い=ロ

ロを漢字のクチと見て「賞を口(こう)る」 


 津島(太宰)は賞を恋うる

by ukiyo-wasure | 2019-01-27 14:41 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島由紀夫の「耳」の悩ましさ


前の記事で、三島由紀夫に「影武者」がいたのではって書きました。

「ダンス・ダンス・ダンス」に出て来る「キキの耳」の謎と相まって、「耳」が気になって夜も寝られず…はオーバーですが。



まず、文庫本のカバーの写真。
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特徴ある耳でしょ。

28歳の写真はこんな感じ。


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動画もあります。三島1969年(44歳)


以上三つは同じ形の「耳」です。



で、全集の写真にこんなのが。37歳。

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縁が丸い。お猿っぽい。


問題の「三島事件」のときですが、コチラのサイトのがはっきりしていますので、オジャマさせていただきました。


「三島事件の写真」



ねっ、悩ましいでしょ?




*追記

老け顔の写真で、三遊亭小遊三さんそっくりのがある。

小遊三さんの実名がユキオ(幸夫)なんですよね。

by ukiyo-wasure | 2019-01-26 18:53 | 作家 | Comments(0)

三島「音楽」は海峡づくし(21)〜(25)


続きです。


21 大島海峡 オオシマ


説明しづらいのですが……。

伊豆の南端にやってきた麗子。
春なのに、水着姿でプールに跳び込む人がいる。

ここら辺が「伊豆の踊子」のイメージ。



「伊豆の踊子」は谷崎が書いたという前提ね。


の不用意な会話「冬でも泳ぎに来る人がいる」に、
えっ?となりました。

後になってゴーストのワナと結論。


薫の故郷は「大島」といっても「奄美大島」というヒッカケ。

「伊豆の踊子」は突っ込みどころが多い。
地理・方角など、気づいた人も多いと思う。


奄美大島は「常夏」でダイビングが盛んです。


岩場に黒い鳥のように蹲っている自殺願望の青年が登場。
そして「睡眠薬」というワード。

太宰かなあ。で、桜桃=大島


「大島海峡」は間違いないのですが、メタファーがイマイチ読めない!

「差し障り」アリアリのネタだから仕方ないか。



22 間宮海峡 マミヤ


根本的に植物的なところが〜

間宮林蔵が蝦夷地で収集した「押し葉標本」をシーボルトが欲しがっていたらしい。



 お得意の文学的修辞で、自分のことを、「氷柱だ」とか、「マンモスの化石の一片だ」とか、「自意識だけ備わった透明な機械的怪物だ」とか、「人類最後の男だ」とか、さまざまな比喩を用いて説明したが〜


つまり「観念的表現」


「間宮」の「宮」はグウと読む。グウ=寝。 


  間宮=間寝=観念


彼女は人間をおもちゃにしている。


  おもちゃ=玩具=かんぐう=間宮




23 平戸瀬戸 ヒラド


脅迫状が続けざまに何通も来る。


「ユダヤ的思想のとりことなった軽薄な御用学者で、高く清い人間性に汚らしい卵を生みつける銀蝿のごとき男だ。くたばってしまえ!」

「個人生活の破壊者よ。個人的秘密の寄食者よ。死してその罪を詫びよ」

「あなたのそのいやらしい仕事を一日も早くやめてください」

など、文体も様々で、ハガキに「風刺画」のようなものまである。

嶋中事件のときの深沢への脅迫状をイメージします。



  ヘイト=平戸



24 宮古海峡 ミヤコ

脅迫状の主は、伊豆にいた「自殺願望の男」花井。


 私は私で、「花井」というその名が、いかにもこの青年にピッタリだと感心していた。


唐突にスタンダールの話が出て来る。

「アルマンス」「赤と黒」……スタンダールを調べたら「数学」好きと出て来た。

Google先生に感謝です。


 花井=871=16

 宮古=385=16


こじつけだと思うでしょ。「和歌」の「かぞえ歌」を前提とすれば、あり得なくない。

「数」を読み込むのは日本文学の「伝統的」テクニックなのです。



25 豊予海峡 ホウヨ

この章は、きわめて「意味深」

花井は「自分は不能だ」と告白する。

ストーリー的には「性的不能」のこと。

「不能」には「能力がない」って意味もある。

麗子は「不感症」。だから二人は同じ悩みを抱えている。


 麗子によれば、そんな肉体の不幸は、見る人の目には、硝子のコップの底に沈んでいる一顆の真珠のように、はっきりと見透かされるものだそうだ。
「あなたの体の中には黒真珠が一粒、私の体の中には白い真珠が一粒」
と麗子は歌うように言った。


この文、ゾクッときた!


三島に「真珠」という短編がある。1963年だから「音楽」の前年。


これね、真珠=貝玉=替え玉


読んだとき、文学の世界では、ゴーストだけでなく「影武者」もいるのかって思いましたね。

それで三島の写真を比べてみたらね、三人ぐらいいそうな気になった。

「三島事件」直後の五味康祐のコメントが、なぜか「ニセモノ」の話だし。自刃の刀が変だ。三島ならあんないい加減な事をしないとか。


ここで、また妄想がボワ〜〜ン。


「三島事件」は芝居ではなかったか。


メディアが仕組んだことなら、絶対バレない。

当時は、メディア以外、一般人が知る方法はないもん。

「三島の首」の写真が出回る事自体、逆に考えるとワザとらしい。

作家たちのコメントもめっちゃクール。


寺山修司は「桜の季節にやれば良かったのに」だって!

三島が生きていたら90歳以上か……。

でも……「毛深い手」や「独特の声」を真似るのは難しいだろうなあ……。


横道にそれましたが「替え玉」=単純に「中の人」ということで。



  盗用=トヨ=豊予



不能=才能(文才)が無いってことね。




*追記 

豊予海峡の近くに「真珠養殖」でおなじみの「宇和島」があります。





by ukiyo-wasure | 2019-01-24 13:48 | 詩・文芸 | Comments(0)