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「ダンス・ダンス・ダンス」伊藤整?


「ダンス・ダンス・ダンス」第33章も、難しかった。

「愛」とか、ノーベル賞とか。これは伊藤整のことかなあ……。

川端康成のノーベル賞を祝って、三島由紀夫と伊藤整の三人が座談。

この映像がユーツベにあって、見ました。


山頭火のどの句か、自信ないのですが、


 蝿も移ってきている


……かなあ。 蝿=I=伊藤整のイニシャル。


1936年の句ですが、この年に伊藤整が金星堂に入っている。

「移ってきている」が解読できません。

伊藤整については全然知らない。

ただ、深沢の「楢山節考」が中央公論の賞を取ったときの選考委員の一人ということで名前だけは知っていた。あとは三島由紀夫と武田泰淳です。

映像を見ると、川端や三島と近しい関係にあったことが解ります。




追記

これで、戦前戦後の文壇のドロドロとはオサラバ。

「国境の南、太陽の西」解読に取りかかります。

ものすごく楽しみです。絶対に芭蕉だと思う。

「古池や」や「旅に病んで」がどういう解釈なのかワクワクします。

全然違うことが書いてあったら大笑いですね。


猫が死んじゃって、残っていたマタタビ粉を日本酒に入れて飲んでいます。

猫缶も残っていて……お好み焼きならイケるかな。

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by ukiyo-wasure | 2018-02-16 23:38 | 作家 | Comments(0)

「雪国」よ、お前もか。


「ダンス・ダンス・ダンス」が山頭火の句をテーマに書いているということで、一応読み終わったのですが、第42章が「雪国」のこと
書いていると思われ、繰り返し読んでいます。

「雪国」を一読したかぎりでは「源氏物語」のスカシが入っていることが解りました。「みづうみ」と同じです。

けれど、それだけじゃない気がしています。


「雪国」は連載小説で、それぞれに題が付いています。


1935年(昭和10年)
 「夕景色の鏡」 - 『文藝春秋』1月号
 「白い朝の鏡」 - 『改造』1月号
 「物語」 - 『日本評論』11月号
 「徒労」 - 『日本評論』12月号

1936年(昭和11年)
 「萱の花」 - 『中央公論』8月号
 「火の枕」 - 『文藝春秋』10月号

1937年(昭和12年)
 「手毬歌」 - 『改造』5月号


前の記事で小野小町「花の色は」を取り上げました。

「いたずら」=鏡でした。

逆に考えると、鏡=イタズラにもなる。


「夕景色の鏡」「いたずら」と読むとね、「いたずらもの」ネズミの別名、そして鼠=泥棒。

深沢の「江戸風ポルカ」にも、「この、いたずら者」と娘を泥棒と間違える父親が出てきます。

冒頭の列車内で、人差し指を曲げてみて云々という描写があります。

とってもHな連想を呼ぶ描写です。

そう思わせておいて実は「指をカギ形」で泥棒を表していると思われます。

それで匂いを嗅いだりする。これ、「伊豆の踊子」の薫のイメージです。

「夕景色」は「湯気色」と読めるし。夜汽車の窓が曇るのは、まるでお風呂場の鏡が曇るのに似ています。

「夕景色の鏡」とは「板間かせぎ」かと。

そうなると「白い朝の鏡」は「枕さがし」で「物語」は「騙り」

まだ勘の段階ですが、「伊豆の踊子」が「筆の盗人」と読めたように、真の作者が、読む人が読めば解るような「仕掛け」をしたのではと思われるのです。

代作は双方が納得してやるわけですが、代作者が借金やら何やらの事情で断れなかった場合、後世の読者にメッセージとして残したのかもしれません。

ノーベル賞作家に大変失礼な疑いを掛けているわけですが、深沢の小説を深読みし、彼が「川端賞」を辞退した理由が「殺生なことはできない」と、極めて意味深の発言をしたのを考え合わせると、あり得ると思うのです。

代作者は「伊豆の踊子」と同じで、谷崎かなあと思う。

太宰はこのとき26歳。……うーん、どうなんでしょう。

いずれにしても、発表された時点で、谷崎は置いておき、太宰、山頭火、中也、伊馬鵜平、荷風、深沢は確実に仕掛けに気づいていたはずです。

泥棒関係が盛り込まれているのではと思ったのは「ダンス・ダンス・ダンス」43章の「簡単だ」「すごく簡単だ」からです。

「邯鄲師」=「まくらさがし」


「雪国」関連でいくと、最初の方は「トンネル栽培」。トンネル形のビニールハウスです。「泣く」「涙を流す」は「水やり」。「殺す」という物騒な言葉は、野球用語と考えて「トンネル」。キキと主人公が壁を通り抜ける場面は「トンネル効果」を表していると思われます。

この章は、まだまだメタファーが多くて謎だらけです。

興味のある人は、そういう視点から「雪国」を読んでみてください。引っ掛かる部分がたくさんあるはずです。







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by ukiyo-wasure | 2018-02-16 21:40 | 詩・文芸 | Comments(0)

谷崎は両利きか


「ダンス・ダンス・ダンス」で気になったのがキキの耳です。

いったいどんな耳なんだ!という凄さ、素晴らしさ、見た者を圧倒するらしい。

片方はモデル用、つまり営業用だそうで。反対の耳が、それ以上に凄いらしい。

何を意味していると皆さん考えましたか。

私は、代作するときの手と自分の作品を書くときの手が違うのではと思いました。

右の耳(字)と左の(字)ってわけ。

「耳順=字潤」が出てきましたから谷崎潤一郎です。


あくまでも妄想ですが。





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by ukiyo-wasure | 2018-02-11 15:35 | 詩・文芸 | Comments(0)

「ユミヨシさん、朝だ」


「ダンス・ダンス・ダンス」最終章です。

あーあ、疲れた。これで、やっと「国境の南〜」に進める。


ラストの一文、引用します。


「ユミヨシさん、朝だ」と僕は囁いた。


皆さん、どう解釈しましたか。

私は、


「ユミヨシさん、上司だ」



「朝」の読み方は色々ありますが、「今朝」の「さ」と読めば、

朝=さ=「し」の上=上司。



「いろは歌」で考えると「敵艦だ」もありますが、この場合は違うでしょう。



この章は山頭火の、この句だと思います。


  浅間朝からあざやかな雲雀の唄です


  なひばりのうたです


和歌読みのテクニックで、同音拾い

あさ=三つ、か=二つ



   三朝か二=山頂火事



朝=さ=三と読めば、四の下=下四=火事


「ユミヨシさん、火事だ」も考えられますが…。



浅間といえば火山。ホトトギス登場です。

ホトトギスは死出の田長。

この世とあの世(黄泉)を結ぶ神の使いです。

羊男=西行でしたし、羊といえば晩夏=和歌。

百人一首の「ほととぎす」は「有明の月」のイメージです。

そして真意は「浮き名立つ」。

上司にバレたら、浮き名立つ。



お後がよろしいようで。





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by ukiyo-wasure | 2018-02-11 14:14 | 詩・文芸 | Comments(0)

「ダンス・ダンス・ダンス」の坂口安吾?


「ダンス・ダンス・ダンス」第43章。スカシのように坂口安吾が見える。

ユミヨシさんと結ばれるのは「道鏡」(安吾の小説)だからでしょ。
ユミヨシ=「弓好し」か。

安吾=安居、不連続殺人事件、実存主義、散文……安吾に詳しい方、第43章を検証してみてください。


で、山頭火のどの句が安吾なのか。

安吾=「あんこ」なら、ああっ!

あんこ=晩夏=羊


 しぐれへ三日月へ酒買ひに行く


日本語としてオカシイですよね。
無理矢理です。


しぐれ=四ぐれ=目。目へ=めぇー=羊=安吾

三日月=蛾眉(がび)=我居?


 安吾、我居へ。酒買いに行く


どうでしょう。


そういえば「不良少年とキリスト」って書いていますね。


そして、第41章は、牧野信一が入っている気がします。

詳しい方、ぜひ検証を。


山頭火の人脈は、キリシタン関係なのか。

荷風も芥川も俳句を作っているし、俳句つながりなのか。

それとも、芭蕉からずーっと、誹諧=キリシタンなのか。




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by ukiyo-wasure | 2018-02-11 11:49 | 詩・文芸 | Comments(0)

山頭火「皮膚が荒れてくる」


山頭火の昭和7年の句、

 皮膚が荒れてくる旅をつづけている


「ダンス・ダンス・ダンス」第40章と一致すると思われます。


小説から引用します。刑事の言葉です。


「そういう人生を送ってると友達ができないですよ。みんなに嫌われる。みんなに嫌われると目付きがわるくなって、肌が荒れる。いいことないですよ」


さあて、句の解釈です。

「皮膚が荒れて」は差し障りアリアリですから、勝手にご想像ください。


くる旅をつづけている=狂態(驕泰)をつづけている



 

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by ukiyo-wasure | 2018-02-10 17:04 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

芥川の死の謎


「ダンス・ダンス・ダンス」の第39章の五反田君が、芥川の「夢」とかぶります。

コレです。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/186_15257.html


山頭火の句を解読していたら、はじめのうちは、放哉や芭蕉や写楽のことだった。


 水の上はつきり春の雲


この句などは、「水の上」は「いろは歌」から「夢」

芭蕉の辞世について詠んだのかなあと考えていました。

でも、どうも解らなかった。

いろいろ調べているうちに、芥川の「夢」に行き着いた。

このあたりから、一気に、当時の文壇の、ゾーッとする世界に引き込まれました。

キーワードは「絞殺」

「ダンス・ダンス・ダンス」のメイです。

芥川が死んだ直前に、絵のモデルとか、娼婦とか、そういう女性が首を絞められて死んだ事件があったのでしょうか。

コレも意味深です。イニシャルがあるし。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/4308_15284.html
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by ukiyo-wasure | 2018-02-10 16:28 | 詩・文芸 | Comments(0)

「ダンス・ダンス・ダンス」の三島由紀夫


「ダンス・ダンス・ダンス」第40章はとても短い。


39章は、山頭火の句では以下に一致です。

 ひとりゐて蜂にさされた


はっきりヒントが出ています。

 最初から蜂に刺されたみたいにぼんやりと麻痺して〜


小説では五反田君がサイコパスのようなことになっています。

で40章は、車ごと海にダイブしたシーン……じゃなく、引き上げられる場面から始まる。

これが太宰のイメージ。

山頭火は1940年に亡くなったから太宰の最期は知らない。


刑事が言う。

「あなたのまわりで実によく人が死にますねえ」

これは川端康成を連想させます。


そしてこれ。引用します。

 僕はふと子供の頃に読んだ科学の本を思い出した。そこには「もし摩擦がなかったら世界はどうなるか?」という項があった。「もし摩擦がなかったら」とその本には書いてあった。「自転の遠心力で地球上の何もかもが宇宙に吹き飛ばされてしまうでしょう」と


摩擦→重力(引力)の間違いです。


誤記ですね。

こうゆうの困ります。子供が間違って覚えちゃう。


 憂誤記=憂国忌



第40章が山頭火のどの句かは、まだ解りません。

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by ukiyo-wasure | 2018-02-09 11:23 | 詩・文芸 | Comments(0)

川端康成「散りぬるを」の真相は


「ダンス・ダンス・ダンス」が山頭火の句について書いているという前提で読んでいます。

第30章あたりから、当時の文壇の秘密に触れているようでとても恐い。

村上春樹さんが触れているというより、山頭火の句が恐い。

戦前から戦後にかけて、作家はどうしてこういう死に方をするのだろうというのはありました。どんだけブラックな世界なんだ。

ヒロポンを飲んで徹夜して、眠れなくてカルモチン。
結核で亡くなってる人もいます。

「伊豆の踊子」について谷崎の代作ではというのも出てきました。

代作はまあ、本人が納得して書いているから盗作と違って、そんなもんかという程度。

読者にとっては「産地偽装」みたいなもの?

ところが、殺人があったかのように読める句が出て来るのです。

裏読みですからハッキリは解らない。

作品の中でのことなのか、現実なのか。

「ダンス・ダンス・ダンス」でも人が次々と死にます。


で、山頭火のこの句。

  陽だまりを虫がころげる


以下をご覧ください。
http://tamegoro.exblog.jp/28070432/

この句は「ダンス・ダンス・ダンス」の第36章と一致すると思われます。


「散りぬるを」を読みました。

昭和8年の作品。新潮文庫「眠れる美女」に入っています。

「眠れる美女」も読んでみましたが、「散りぬるを」の方が断然、完成度が高い!

いや、こういう言い方は生意気ですね。断然、面白かった。


「散りぬるを」を皆さん、どう読みましたか。つまり真相です。

私は、二人の女性の死は、ポルノ写真(SM)の撮影の事故(または猟奇殺人)と読みました。

犯人としてつかまった男性は、二人の名誉を守るために犠牲になったと読めます。

自己犠牲です。蔦子を愛していたのでしょう。無償の愛。これが実にキリスト教っぽい。

主人公が「嫉妬」してもおかしくないほどの「美しさ」です。

裁判官はじめ、全員が、若い女性二人が、いかがわしい写真のモデルをして死んだという事実を隠そうとストーリーを創作する。

落語の人情話みたいです。

このくらい読めるだろうと、読者を信じている感も落語のノリですね。

いいなあ。こんな素晴らしい構成の小説は滅多にないでしょう。

幸田露伴のような、心が洗われる読後感。



「散りぬるを」=葉がない=陽画ない=印画

谷崎のやりそうなことです。

解決編のないミステリー。

でも、ちょっと文体が違うかなあとも感じました。

もしかして太宰? 太宰はほとんど読んでいないので特徴が解りませんが。

太宰ファンの方、どうでしょう。

それと、太宰はキリシタンと関係があるのでしょうか。


川端康成は代作の噂が結構ありますが、じゃあ、確実に本人が書いたものはどれなのでしょう。

三島由紀夫は「文体を持たない作家」とか言っているし……。





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by ukiyo-wasure | 2018-02-09 01:17 | 詩・文芸 | Comments(0)

山頭火「陽だまりを虫がころげる」


山頭火の句。


  陽だまりを虫がころげる


縁側で虱でも取っているのか。

いや、違うし。


芭蕉や其角を解読していると「ころげる」でピンときます。

文字や言葉がひっくり返るという意味。

虫=六四。これがひっくり返って「四六」=よむ=読む



「陽だまり」を読む



「陽だまり」とは何か。

陽を色々に読んでみる。英語では「サン」

と、「サンだまり」になる。


ここでキリシタンのイメージが降りてきます。

サンタマリアの「ア」がないぞ。


あがない=はがない=葉がない


「葉がない」を読む


Google先生にお伺い。


川端康成の小説に「散りぬるを」がある。

アヤシいなあ。花も散るけど葉も散ります。

あらすじを読んだら、谷崎っぽいなあ……。

「卍」とか「痴人の愛」とか同様、読者を引っ掛けている感じ。


読んだら結果報告します。










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by ukiyo-wasure | 2018-02-04 14:08 | 古川柳・俳句 | Comments(0)