「スプートニクの恋人」ってアニメ?


ふっと閃きました。

「スプートニクの恋人」、まだ届いていませんが、これまですべて題名に答えがありました。

スプートニク=小惑星。

小惑星の恋人=小学生の恋人


ロリコンの話?


いやいや、恋人が小学生じゃなくて、小学生が愛している物のことでしょう。

で、浮かんだのが石原慎太郎さんの「鱶女」。

これが「ワニ女」と読んで「アニメ」でした。


ああ、イヤな予感……。





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# by ukiyo-wasure | 2018-02-21 02:13 | 詩・文芸 | Comments(0)

川端康成「散りぬるを」の真相・その2


前に書きました。川端康成「散りぬるを」の真相
http://tamegoro.exblog.jp/28087781/

気になることがあって読み返しました。

トリックが入っていました。


「足がだるくなった」という、不自然な表現。

これは柿本人麻呂の「あしびきの」でしょう。

犯人とされる山辺三郎の供述「赤ん坊の声を聞いた」も唐突です。

夜泣き=「よ」無き

題名が「散りぬるを」ですし、「いろは歌」をチェック。

「よ」を取ると「わかたれ」「和歌誰」となります。


「あしびきの」の真相は「鳥づくし」でした。以下参照。


「足がだるい」=あしびきの=ホトトギス

「嘘よりこわいものはない」=ウソ


「真鳥」「カッコウ」「鴛鴦(おし)」が足りない。


 捨、真鳥カッコウ鴛鴦

 
  真撮り(の)格好をし



やっぱりエロ写真のモデルだったでしょ。

ますます、谷崎が書いた気がします。



ちなみに、このトリックに気づいたのは「国境の南、太陽の西」の島本さんを、なぜ足を引きずる少女にしたか。


第5章が芭蕉のこの句。

 うき我を淋しがらせよ閑古鳥


閑古鳥が、あしびきの〜の句では「ながながし」の「なが」が一つ余計だから「棄なが」=「気長」となる。


閑古鳥=気長=毛長(髪長)となり「女性」を意味します。


句の解釈は複雑になるので後ほど。

 

追記 2018.2.21

「散りぬるを」は太宰もあるなあ……と「ダス・ゲマイネ」を読んで感じました。
ずっと、文体が苦手で読む気がしなかった作家ですが、人気の理由が解りました。


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# by ukiyo-wasure | 2018-02-20 22:46 | 作家 | Comments(0)

「理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない」


「スプートニクの恋人」をウィキで見たら、


 「理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない」


がテーマだそうで。

パッと浮かんだのが三島由紀夫です。


深沢を解読していたとき、三島由紀夫がものすごく気になった。

「楢山」の選考委員の一人です。この賞についてはいろいろと疑問がありますが、それは置いておきまして、

「東京のプリンスたち」をベタホメしている。ワザとらしいくらい。トランプがスカシで入っていると本当に気づいていないのか、トボけているのか、悩みました。

「太陽の季節」も同じような評価。この人は「源氏」の裏を知らないのか?

じゃあ和歌も理解できていない?

もしかすると、谷崎も読めてなかった?


それがある日、

深沢「三島さん、『楢山』はじつはゴニョゴニョ……。川端さんのアレはじつはゴニョゴニョ……」

三島「……」ショックで絶句。


なーんてことも、想像いたしました。



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# by ukiyo-wasure | 2018-02-20 13:23 | 作家 | Comments(0)

「国境の南、太陽の西」 最終章は「蛸壺や」


ということで最終章は、

 
  蛸壺や はかなき夢を 夏の月


これも意味不明な句です。

でも、解りました。村上春樹さんのおかげです。


蛸壷=タココ タを七夕の夕と読む。七の下で六。

タココ=655=足すと16。

蛸壺や=十六夜


はかなき=若菜・記。

「源氏」の「若菜」は「我が名」で「光」。

すなわち「太陽・日」を表しています。

はかなき=日記


=「いろは歌」で「み」の上=身の上・身性


夏の月=夏の次=秋/秋がくる。飽きがくる。醜。臭。



  十六夜日記 身性 クサし


百人一首の「秋の草木の/飽きの臭きの」を思い出します。



小説では「十六夜清心」も入っています。十万円を盗んだのは、鬼薊くんってことで。


小説のラスト、引用します。

 誰かがやってきて、背中にそっと手を置くまで、僕はずっとそんな海のことを考えていた。


 誰だと思いましたか。

「ダンス・ダンス・ダンス」のキキではないでしょうか。

キキ=2キ=日記と読ませた章がありました。

五反田くんの手がキキの背中にある映画のシーンが、度々出てきました。

ハルキストの皆様、ぜひご確認を。


いずれにせよ、「源氏」が読めてないと芭蕉も其角も、村上春樹さんの小説も読めないということです。



さて次は「スプートニクの恋人」。さっきAmazonしました。

これは皆目見当がつきません。

まだまだ芭蕉が続くのか。

それとも、戦前戦後の文壇のインチキの暴露か。楽しみです。



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# by ukiyo-wasure | 2018-02-20 12:28 | 詩・文芸 | Comments(0)

芭蕉「物言えば唇寒し秋の風」の真実


芭蕉のこの句、


 物言えば 唇寒し 秋の風


ことわざや慣用句のあつかいをされている。


広辞苑には、

 人の短所を言ったあとには、淋しい気持ちがする。なまじ物を言えば禍を招くという意に転用する。


だそうです。

異議あり!!! 



「国境の南、太陽の西」第13章がこの句です。


まず「秋の風」は「野分」。お約束です。

ここで「源氏物語」です。「野分」が何かというと「のぶすま」または「むささび」「こうもり」などのことです。


説明は面倒なので省きます。


 いえば くちびるさむし 

まず「野分」なので「の」は棄消す。


「びるさむ」を逆に読むと「むさるび」


「むさび」が「むさび」になっている。

「閑けさや」を「閑かさや」にして、「袈裟」が「傘」に変わったのと同じテクニックです。


 もいえば くち 「さ」が「る」


 も家 ばくち 盛る

 
  儲け 博打 盛る 


儲けとは「儲け仕事」。金だけが目的の仕事ということです。

当時の世相を嘆いているのでしょう。

今はもっとヒドいと思います。物事を計る物差しが「金銭」オンリー。

世界遺産も「わーい、観光客くるぞー」。

本音はそうだとしても、NHKのニュースで世界に発信するのは、恥ずかしいと思いまーす。



儲け=妄言かなあと迷いました。


「国境の南、太陽の西」では、で儲けることに、主人公が反発しています。


お持ちの方、ぜひご確認を。





 


 

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# by ukiyo-wasure | 2018-02-19 22:16 | 古川柳・俳句 | Comments(0)