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小薮さんのすべる話

 スノボで滑る話でしたが。
 新しいパズルを作るとき、まあ、思いつきで作りはじめるわけですが、そこに何らかの法則はないかと考えます。なぜそこにそれが入るのかと、確定できる法則です。
 そういうクセで見ていると「小薮さんの法則」が見えて、あんまり話が楽しめない。今回も、あ、また?なのでした。
 緊張感があって、けっして笑ってはいけない状況設定。これがマジで深刻な場はブー。お葬式なら、あくまでも義理で列席するような設定ね。あと、権威のある先生や先輩などの前。そういう場での「笑いのこらえ」がこの方の法則かなと思うのでした。でも細かいところでリアリティを出す話術はさすが!

# by ukiyo-wasure | 2011-12-25 15:42 | 日常 | Comments(0)

無節操

 哲学というものがあるらしい。ニーチェだかフルーチェだか知りませんが「神は死んだ」と言ったらしい。落語ならば「へぇ、神さんが死んだら弔いはどーすんの?」などとつっこまれるところ。
 今日はクリスマス、昨日はクリスマスイブ。国をあげて、異国の神様にのっかっての商戦でございますが……。
 よもや日頃、「ニーチェはいいなぁ」とか「オイラは実存主義よ」などとのたまわっている方は、衣装だけフィギュアの女の子がいるような場所へプレゼントをもってイソイソと出向いたり、あるいは、カノジョに「メリークリスマス」チュッ!をしたり、サンタクロースの扮装で子どもの前に登場したり、孫のためにトイザラスで買い物をしてクリスマスラッピングをしてもらったり、し・て・は、いないでしょうねっ。
 そういうのを無節操というのです。
 しかし、この国は無節操だらけで、無節操でないと上手く生きて行けない。
 万人に一人「オレはなんて無節操なんだ」と内省して落ち込む人がいたとしても、格好の言葉が用意されているから安心!

 “人間だもの” 

 この言葉、狂歌の方の“それにつけても金の欲しさよ”と並ぶ使い勝手の良さ。

  聖人だって人間だもの腹が減る 
      それにつけても金の欲しさよ

 デパートは今夜閉店後、キリストから日本古来の神様への早変わりでてんてこ舞いでしょうね、きっと。

 
# by ukiyo-wasure | 2011-12-25 13:07 | 宗教 | Comments(0)

学校で飲酒

 今、街は賑わっているんでしょうね。クリスマスといっては飲み、忘年会といっては飲む。お酒は二十歳から、などといってもねぇ…皆さま、十代から飲んでいたでしょ?

 さて、突然ですが、ここで問題です。

 未成年が授業中に教室で堂々とお酒を飲んでいます。先生も注意しません。これはどういう訳でしょう?

 これはねえ、その筋の耳に入るとマズいですから大きな声では言えません。ひそひそ声で言いますよ。答えは…
 バーテンダースクール。
 聞こえましたか。十八歳でも入学OKです。しかも、ビールなんかじゃない。例えばあのマティーニ。ジンベースでほとんど薄めない。それが上手くできるまで何杯も作って試飲する。
 バーのカウンターで、マーロウやスペンサーを気取ってゆったり飲むのとワケが違う。作っては飲み作っては飲む。
 身近にいたんですよ。学校帰りはもうベロンベロン。


 
# by ukiyo-wasure | 2011-12-24 00:26 | 日常 | Comments(0)

芸術

 自称アーティストの人は大勢いるけれども、自称芸術家はそうはいない。アーティストっていうのと芸術家っていうのとは、随分と重みが違うのだろうね。
 「一応、曲作ってバンドやってて、まあアーティストです」なーんてね。
 「一応、曲作ってバンドやってて、まあ芸術家です」って言うと、ずうずうしいとか、いい面の皮だとか、エラそうにとか、生意気だとか、ヒドいのになるとヤバい人とか……言われるというよりも、言われるんじゃあないか、思われるんじゃあないかというので「アーティスト」に逃げるんですかね。
 しかし、落語の方には堂々と「落語芸術協会」という団体があるのでした。

 「師匠、芸術とは大きく出ましたね」
 「芸人と奇術師がいるからね」



 
# by ukiyo-wasure | 2011-12-22 21:51 | 落語 | Comments(0)

君恋し

 根津の弥生美術館へ行ったついでに、拙著をメトロ文庫に置いて来ちゃいました。
 メトロ文庫というのは地下鉄にある本棚で、自由に読んでまた返しておくもの。
 パズルは書き込むものですから趣旨から大きく外れます。重々承知の助。「返却不要」のシールを貼っておきました。パズル好きの方、どうぞお楽しみください。
 一方、駅長さま、ごめんなさい!クリスマスです。神のような寛大なお心でどうかお許しを。
 えーと、弥生美術館へは高畠華宵を見に行ったのだけれど、同じ敷地内に「夢二美術館」もあるので寄ってみた。「夢路いとし」じゃないからね。
 夢二さんは絵が上手い。画家だもの当たり前か。構図が見事、イラストレーターでありデザイナーでもあるって感じ。そいで、描いたものだけでなく書いたものも色々展示してあったのだけれど、恋愛や人生や芸術について「なるほど」ということを書いている。いちいち、ごもっともなのであります。
 けれ、ども……、最後に思ったのは、あーあ「モテる」男の発想だなあ。なのでありました。「次郎長伝・蛤屋の喧嘩」に登場する熊五郎みたいな男(超レアな例で失礼)なら、絶対にこんな風に思わないだろう。そう思ったら、夢路の言葉が物凄く薄っぺらく思えたのでありました。つまりレトリックが上手いだけじゃないのか?

 毛むくじゃらでタヌキのような顔の熊五郎は、片思いの蛤屋の娘をイケメンの加納屋利三郎にとられる。そしてこんなふうに言われるのです。

 お前の生まれた 上州じゃ 
 鏡がねえのか 不便なところ
 なけれゃ田んぼで 水鏡
 女が惚れるか 惚れないか
 ツラを映して 見るがいい

 熊さん、悪役なれども、ちと同情せずにはいられない。
 加納屋は役者のようなイイ男。モテない者の気持ちを察することができないのか。
 まあ、その恨みが発端となり喧嘩。斬られちゃうけどね。

 ふむふむ、そういえば、夢二が書いた女への別れの手紙は、恨みを残さず嫌われず…そんな感じがいたします。ハッキリと「飽きた」といわない。それも相手への思いやりということにすれば、夢二ファンに怒られなくて済むかしら。
 

# by ukiyo-wasure | 2011-12-22 17:03 | 美術 | Comments(0)