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「掌の小説」の「舞踊靴」××××を読む


「掌の小説」の「舞踊靴」です。


足フェチ、靴フェチのお話。もう、谷崎の得意分野。

でも、ほとんどは、ヘンタイに見せかけて裏は「犯罪」です。

この話は違いますけどね。


踊子が、フェチな靴職人から、金色の「舞踊靴」を贈られる。
相手はフェチですから、その履いた靴を、犬に奪わせる。
踊子は、靴と同時に「足の中に棲んでいた生きもの」も失った気になる。
靴を返して欲しいと男の家を訪ねる。
彼は金色の靴を両手で捧げて、足元に跪き、女王様気分の彼女に靴をはかせる。


ラスト、引用します。


靴が足に触れた瞬間から、彼女は夢の女王になった。

馬鹿っと頬を靴で蹴ってやろうと思いながら、しかし、彼が靴を穿かせ終って、足からだんだん××××××××るのを、彼女は知りつつも××××ていた。

彼のなかにも、彼とは別の生きものが、今盛んに動いていることを、彼女が感じていたからであろう。


みんな、エロい妄想全開で「伏せ字」を考えるでしょうね。

1931年。検閲者さん、からかわれてますよー。

こうゆうの、絶対に谷崎だって。


潤の心はお見通し。「伏せ字」と見せて違うのです。


足からだんだん××××××××るのを、

×が8つです。エイト罰=へびと「咎の反対=かと(下と)」

下と=「たちつてとな」で「な」

足からだんだん蛇となるのを、


彼女は知りつつも××××ていた。

×が4つです。4=中国語でスー。バツ=ワツ

彼女は知りつつも座っていた。


つまり、彼女の足に棲んでいた生き物は「蛇」


はい、タイトルいきます。

舞踊=芙蓉=アオイ科の木=葵=葵祭

京都では「祭り」といえば「葵祭」だそうです。

舞踊=マツリ

靴=カ


 舞踊靴=マツリカ


マツリカとは何か。


ジャスミンのことだって。


 つまり……蛇棲み

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by ukiyo-wasure | 2018-04-30 03:27 | 詩・文芸 | Comments(0)

頭山満の書


魯山人書論」に頭山満の書が取り上げられています。

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淡として雲の如し……なかなかいい字である。
頭山翁の字は度々見受けるが、時にいかがわしいものを見る。偽筆が多いのだ。これはまぎれもない本物だ。堂々たるものである。


だそうです。


ウィキにも載っています。

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サンズイがこんなにも違う……。

どうですか、目利きの皆様。

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by ukiyo-wasure | 2018-04-29 21:07 | 美術 | Comments(0)

「掌の小説」の「笑わぬ男」は頭山満


「掌の小説」の「笑わぬ男」です。


これは、かなり複雑です。

書いている当人も、頭が混乱してきます。


映画の撮影に立ち会った原作者(作家)が主人公。

ラストシーンで脳病院の患者に「笑いの面」をつけるアイデアが浮かび、急きょ、京都の町で「能面」をさがす。
結局レンタルするが、その内の一つに絵具を付けてしまい、彼が買い取る。
それを持って、妻が入院する病室へ。
子どもたちもいて、代わる代わる面をつけては面白がる。

「お父さん被って見せて」
「厭だ」
「被ってよう」
「厭だ」
彼はかたくなに拒絶。

妻がかわりに被って、しらけた雰囲気を救う。
妻の素顔と、笑い面とのギャップにショックを受けた彼は、撮影所に電報を打とうとする。

ーーメンノトコロヲキリステヨ

しかし、すぐに気が変わって破り捨てる。



冒頭の一文、引用します。


青磁色が濃くなって来て空は美しい瀬戸物の肌のようだった。


「青磁色が濃くなって来て」


青磁色は、緑がかった薄い青で、中国の皇帝が「雨過天青」を焼物で再現させた色だそうです。

これはね、


 政治色が濃くなって来て


と、読める。1928年の作品ですし。


笑わない=面白くない=面が白くない=面が黒い

白い面を探したが、黒っぽいのしかないというエピソードが出てきます。

違和感あるのは、彼が三度も面を被るのを拒絶する場面。

何かあると、ピンときます。


「面が黒い」とは、面=黒

「面は厭だ」=面(黒)容赦。

気がつきましたか。


 黒容赦=玄洋社


玄洋社、頭山満については

https://ja.wikipedia.org/wiki/頭山満



ここからが面白い。

頭山満という名前。見た瞬間、ギャグにしたくなりました。


 頭山 満開となり ドンジャラホイ♪ 



落語の「あたま山」


考えることは同じですね。


ーーメンノトコロヲキリステヨ


という電報を気が変わって破り捨てる


「あたま山」は桜の名所です。

電報、桜……で、思い出したのが北斎の「橋シリーズ」

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「橋シリーズ」「強盗(俠客=橋描く)」シリーズです。

村上春樹さんの「アフター・ダーク」。「夜働き」です。


この絵は「河内山春宗」を表している。

講談や浪曲では「天保六花撰」という題名。

https://ja.wikipedia.org/wiki/河内山宗春


 天保六花撰=電報無化せん



タイトルに戻ります。


「頭山満」と「頭山満開」を比べると「開」がなくなっている。

和歌のテクニックですと、

「かい」がない。

かい=下ひ(いろは歌)=の=下ね(なにぬねの)



 開無い=金ない=払わない=笑わない





電報文をヒントにすると、

「玄」といえば玄武ですから「北」です。
「表(面)」というと、南のような感じを受けますが、「玄関」の語源を調べると「北」なんですね。
相撲の土俵は「北」が正面です。


なので、「面(おもて)」=「玄」


面=玄=げん=原


 原、切り捨て=原殺し


原とは、原敬ね。



よく読みますと「東山=頭山」「四条通=事情通」などのワードも。

うーん、相手が相手だけに、ダブルミーニングか。


歴史に詳しい皆様、どうでしょう。



追記

*「童謡」に「玄関」が出てきます。

だから谷崎作でしょう。









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by ukiyo-wasure | 2018-04-29 14:34 | 詩・文芸 | Comments(0)

子規「柿食えば〜」虎になる


さっき、クロスワードを作っていて「法隆寺」をググりました。

聖徳太子ゆかりのお寺で、別名が「斑鳩寺」

あれあれ、聖徳太子は実在しないから、教科書からカットとか言ってたよね。

それとね、梅原猛さんが『隠された十字架』という本を書いているのね。

でしょ。キリスト教にたどり着きますよね。


本題は違いました。

正岡子規の有名な句。


 柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺


「奥の細道」で似たようなテクニックに出会いました。

「かきくけこ」「かきくえばになっている。

「けこ」=「げこ」がなくなっている。

こうゆうのは「下戸でなし」の意味になる。


柿食えば=酒飲めば

鐘が鳴るなり=金がなるなり=コン(狐)がなるなり

法隆寺=いかるが寺=威借る虎(「下て」ら)



 酒飲めば 狐がなるなり 威借る虎



柿食えば〜の句もね、どこがいいの?って人、多いと思う。


*「狐がなる」=狐怒鳴るの意もありかな。


子規も「蕉風」だったんだ。「古池」も知っててトボケてた?


そうなると、早口言葉の「柿食う客」も真意は「酒飲む客」か。


「あの人ね、よく柿食うのよ」
「どれくらい」
「一人で“生一本”、空よ」
「木一本とは、まるで猿だな」
「いいえザル」



追記 2018.4.29

其角ですが。キカクってカキクケコのケコがない。
自称「酒飲み」ってことか。

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by ukiyo-wasure | 2018-04-27 20:22 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「士族」日本人なら…


「掌の小説」の「士族」です。


主人公は水彩画家。
銭湯で女湯の会話に耳を傾ける。
赤ちゃん連れの母親たち。
「おえらいですわね、坊ちゃん。〜梁川庄八より強い豪傑におなりなさいね」
とかなんとか。

風呂から出ると、画板を持った少女。
「伊達藩士族 沖山兼武」と表札の出ている家の子と知る。
「伊達藩」で、女湯の会話に納得。
赤ん坊をつれた母親は少女のお母さんだった。

今時、貸家で、士族の看板を出している男を思って苦笑する。

“細君も、夫の藩といえば、講談で有名な梁川庄八くらいしか知らないのかも”とも思う。

少女を家に誘う。
少女の態度に彼は「士族」を感じる。
「肖像を描いて上げるけど、裸になってくれる?」
少女はうなずく。
彼はドキッとする。
彼もまた自身の「士族の心臓」を感じる。


ラスト引用します。

なぜなら、アトリエで少女と二人きりになると彼は彼の内の士族の道徳を感じ出して来たからーー。新聞紙を食べる赤子のように、彼は士族の娘を花茎のように足からむしゃむしゃ齧ってしまうはずであったにもかかわらずーー。






解りましたか。


「伊達藩」とくれば、伊達政宗でしょ、日本人なら。


「細君も知らない」の「も」。自分も知らないってこと。


主人公は外国人。士族は士族でも「騎士」ですね。


むしゃむしゃ齧って=鬼子(騎士)に掛かっている?



*「童謡」に、「あれ切れないのよ、伊達なの」だって。

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by ukiyo-wasure | 2018-04-26 23:27 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「質屋にて」は映画館


「掌の小説」の「質屋にて」です。


お正月の質屋の様子。
外に女を待たせて、質草なしで三百円借りに来ている「彼」と、質屋の「若い息子」とのやりとり。
そこへ、肺病を患った男が登場。
喀血しながら、金を貸してくれと言う。
質屋の息子はクールに断る。
見かねた「彼」が一円五十銭渡す。
次に現れたのは「札束を預ける」奇妙な男。
男があずけた金から貸してくれと「彼」は言う。
質屋の息子は、父親に相談に奥に行く。
父親のOKが出て「彼」は半額の百五十円借りて店を出て行く。


と、まあ、どうってことのない話です。

じつは、この質屋の場面は「リアル」ではないのです。

それを作者は、たった一語で表現しています。


冒頭、引用します。

雪の照り返しで明るんだ磨硝子の戸に門松の影が写っていた。新しいシャツを胸に白く見せて、息子が店に坐っていた。



「息子」に違和感ありませんか?


クロスワードを作っていると自然と言葉が気になります。

「息子」について、同じことを思ったっけ。

一般名詞で、若い女性のことも言う。息子は違う。

息子は、親の存在が意識されて初めて意味を持つ言葉。

知らない若者に「そこの息子さん」も間違いではないのにね。

だって、どこかには親がいるから存在するのだから。


お解りでしょうか。

冒頭の一文は「父親の視点」なのです。

質屋の息子役を演じる「自分の息子」を見に来た父親。


深沢の「かげろう囃子」が真似ています。あっちは、息子の舞台を見ている母親と、芝居の中での母親というトリックでした。

「芝居」というワードが度々出て来て、登場人物のセリフがまた、芝居がかっている。

最初は芝居の舞台かなあと思いました。

しかし、下駄に雪が付いているという描写などは、ちょっと舞台じゃあり得ない。

それで映画だろうと。


題名の解読いきます。

=じつ=日=つか(三日などの)

つか=「かつ」の逆=かつ倒(和歌や俳句のテクです)



 質屋にて=活動屋(館)にて



社会主義者という言葉も出て来ます。

「活動」は「政治活動」のニュアンスを持つ言葉です。



*「童謡」に「網張り障子」というワザとらしい言葉。
 スクリーンのこと?



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by ukiyo-wasure | 2018-04-26 11:35 | 詩・文芸 | Comments(0)

魯山人と谷崎


魯山人が大好きでーす。

だから「美食倶楽部」が谷崎の小説から取ったということを知り、不思議な縁(えにし)を感じました。

ベンジーが好きで、椎名林檎さんも好きで、そうしたら、林檎さんもベンジーのファンだったという。

こうゆうのは、よくありますよね。

コレが好きな人って、大抵こっちも好きってゆう。

魯山人の「星ヶ岡茶寮」ね。三島の「春の雪」にも、さりげなーく、入っています。

うーん、そんなことは置いておきまして、魯山人と谷崎をつなぐものは何か。

私の勝手な妄想ですが。

キリスト教かもなあ……って思う。

新渡戸稲造をウィキで見ると、谷崎とツーショットの写真がある。

キリシタンというのか景教というのか解りませんが……。

今は西暦2000年越えですから、話は超大昔。

和歌や俳句を解読していたら、何となくね、平安時代より前にキリスト教が入って来ていた気がするのです。

禅宗とか山伏も怪しいけど、神道がそうじゃないかって感じ。

「いろは歌」は「咎なくて死す」。これキリストのことじゃね?


魯山人のお父さんは賀茂神社の神職の人でした。

「賀茂」を、和歌の解読方法を当てはめると「下も」

「いろは歌」だと「下も」は「せす」


  せす=ゼウス

でね、明治維新になったでしょ。

すると廃仏毀釈。

一気に西洋化して、仏教を棄て神道を残した。

神道=キリスト教(景教)なら、納得できる。

だって、イギリスがバックアップしたんですから。

皇室の乗り物、何で牛車じゃなくて英国式馬車なの?

……って、思ったり。


あーあ、文才があったら古代ロマン小説が書けるのになあ……。





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by ukiyo-wasure | 2018-04-26 03:38 | 歴史 | Comments(0)

北斎が描いた「あわれとも〜」の真実


北斎「乳母が絵解き」です。


 45番・謙徳公。じつの名が藤原伊尹


  あわれとも いふべき人は 思ほえで
    身のいたづらに なりぬべきかな


学校では教えない、超難問パズル系解釈はこちら。



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アップでどうぞ。

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アップでもよく見えませんが。

お姉さんの手にあるのは「梭・杼」(ひ)、英語でシャトル。

実物はこちら。
https://ja.wikipedia.org/wiki/シャトル_(織物)



 杼(ひ)得手=肥得て


「得手」には「酒」の意味もあるそうです。

で、よく見ると「左手」に持っている。

「左」もまた「酒」の意味。

「杼を左手」と解釈しても「肥を得て」になりますね。

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by ukiyo-wasure | 2018-04-25 14:00 | 美術 | Comments(0)

「掌の小説」の「黒牡丹」貞明皇太后


「掌の小説」の「黒牡丹」です。


子犬の名前です。白犬ですが、耳だけ牡丹の形に黒いらしい。
冒頭に血統証明書みたいなのが出て来る。
貴族の婦人から、主人公が貰って育てようという話。

主人公の男性は画家。妻がいる。
けれど、パトロン的な貴族の女性(子犬の飼い主)がいて、かつての愛人。
貴族の女性は別の男性の妻になっている。

画家と貴族の女性の間には女の子がいる。田舎の方に里子に出されている。
画家の妻にもかつて愛人がいて、隠し子がいる。

こういう、交差した関係。双方に隠し子がいる。

それをあっけらかんと、告白し合う。

なーんか、マンガチックなのです。


タイトルですが、いかにも「同音異義語」って匂い。


  黒牡丹=国母譚(丹/に)



国母とは誰か。皇后、または皇太后です。

昭和ですから、皇太后は大正天皇のお后。

調べたら貞明皇太后という方でした。


ウィキの情報を読みましたらナルホド!
https://ja.wikipedia.org/wiki/貞明皇后



小説から引用します。
主人公と貴族のご婦人との間にできた女の子の記述。


「ああして田舎の百姓の強い娘に育った方が、幸福かもしれませんわ。ーーでもお約束して下さらない? あなたでも私でも、どちらでもつれあいに打ち明けて許しを得た者が引き取るのは自由だと」



それでね、川端康成は何匹か犬を飼っていたらしいのですが、そのうちの一匹の名が「黒牡丹」。

これって、何なの??

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by ukiyo-wasure | 2018-04-25 02:26 | 詩・文芸 | Comments(0)

「掌の小説」の「駿河の令嬢」駿河の霊場


「掌の小説」の「駿河の令嬢」です。


これも解読に5時間。解った時は鳥肌でした。


伊豆に住む主人公は、月に二度ほど、御殿場線で東京に行く。
通学で朝夕の決まった時間に女学生たちが乗って来るので、顔を覚えてしまった。
いつも同じ車両に乗る、駿河で乗り降りする美少女がいる。
友だちとの会話から、来春卒業する少女は、東京の学校に進むらしい。
駿河は紡績工場が多く、彼女の雰囲気から、紡績会社の技師か何かの娘と想像している。
十二月、時雨の降る日。少女が駿河駅で降りる。
プラットホームで「お嬢さん」と言って抱きついた娘がいる。
女工だった娘らしく、東京へ行く前に「お嬢さん」と別れの挨拶をしたかったらしい。



発車のベルにせかされ、女工だった娘が車内へ。
窓から少女と会話します。
ラストシーン、引用します。


「私が東京へ行ったら会えるわね。学校の寮へ来て下さいね。」
「私には行けませんわ。」
「あら、どうしてなの。」
二人は別々に悲しい顔をしていました。娘は紡績工場の女工らしいのです。会社を止めて東京へ行くのでしょうが、この女学生と会うために停車場で三時間足らず待っていたのです。
「東京で会いましょうね。」
「ええ。」
「さようなら。」
「さようなら。」
女工の肩は雨でびっしょり濡れていました。女学生の肩もそうでしたろう。




・学校の寮へは行けない。
・東京の、別の場所でなら会える。


何でやねーん!

悩みました。1キロは痩せたと思う。


1927年の作品です。

女工だった娘は、家族を養うために遊女になるのでしょう。

どうせ汚れてしまうけん〜♪の世界です。


題名の解読、いきます。

駿河の令嬢=駿河の霊場=富士山、浅間神社

ここで「裏源氏」です。浅間=火山=花散里


は、桜でも橘でもありません。乙女のことです。

「童謡」に半玉から一本になる、つまりその夜に処女を失うというシーンがあります。

構成の絶妙は谷崎作でしょう。

たったこれだけの会話で、女工の境遇を一気に立ち上がらせる。本当に名人だと思います。



追記 2018.4.25

こんな感じで、いっぱいあるのです。
「裏源氏」が解っていないと書けないだろうって作品が……。



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by ukiyo-wasure | 2018-04-24 14:24 | 詩・文芸 | Comments(0)