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君がため〜の君とは


 50番・藤原義孝さん。天然痘のため21歳で死去。


  君がため 惜しからざりし 命さえ
    長くもながと 思ひけるかな


 「鑑賞」では

 「恋の成就であらためて生命の永続を思う」


 君=恋人という解釈ですね。

「君が代」でも、君は天皇の意味とは限らないなどといわれました。

この場合、逆に、君=帝や主君と解釈した方がピッタリきます。
ピッタリくるけれども、差し障りがあるので、両方の解釈ができるようにしてあるのでしょう。

 日本の伝統「本音と建前の使い分け」です。


 主君(帝)のためなら命を捨ててもかまわないと思っていたけれど、恋人ができたら死ぬのは嫌になっちゃった。

 頭文字を読むと「きおいなし」「気負い(競い)なし」です。

 硬派から軟派になったのかな。

 この解釈は、武士の時代や軍国主義ではタブーだったでしょうね。

 恋人ができたり、子どもができたりすると、もうヤンチャはしていられないという。カタギになろうかなあ…という心理と似たようなものでございましょうか。

 
 

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by ukiyo-wasure | 2017-05-31 23:24 | 詩・文芸 | Comments(0)

きりぎりす〜は鬼難問


 91番・後京極摂政前太政大臣さん。


  きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに
      衣かたしき ひとりかも寝む


 「ひとりかも寝む」とくれば「あしひきの」です。例の「なにしおはば」のパターンでございます。
 超有名な歌とセットにして、はじめて成立する仕掛けです。
 頭文字を組み合わせて読みます。


  あしびきの  あ
  きりぎりす  き
  
  山(さん)鳥の尾の   さ
  鳴(めい)くや霜夜の  め

  しだり(枝垂)尾の   へ
  さむしろ(狭筵)に   き
      
  なが(長・おさ)ながし夜を お 
  衣(きぬ)かたしき     き

 「秋雨霹起き」と読めますが、
 
「あしびきの」が、じつは「鳥づくし」と知って訂正しなければなりません。以下、参照。

 http://tamegoro.exblog.jp/26771759/


  ほととぎす  ほ 
  きりぎりす  き
  
  真鳥          ま
  鳴(めい)くや霜夜の  め

  うそ          う
  さむしろに さむ=寒   か
      
  かっこう        か 
  衣(きぬ)かたしき   い
  
  おしどり         お
  おしどり(ひとりかも寝む)お


  ほき まめ うか かい おお

  
ここからビックリ。秋の七草すべてを表しています。

ほき=荻=尾花

豆うかがい=前後の「萩」と「葛」が豆科

うかがい=逢う=泡花=女郎花

おお=お二=おふ=負う=撫子(おんぶするから)

おお=お二=応仁の乱=藤袴の別名が蘭(らん)

おお=お二=お次=かき=餓鬼 「源氏物語」から「飢饉」=槿(あさがお)

または、鬼やんま=かげろう=朝顔
 




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by ukiyo-wasure | 2017-05-31 00:40 | 詩・文芸 | Comments(0)

逢ふことの〜


 44番・中納言朝忠さん


  逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに
      人をも身をも 恨みざらまし


 「歌意」は、

 「もし逢うことが絶対にないのならば、かえって、あの人のつれなさも、わが身のつたない運命も恨むことはしないのに」

  別れるならキッパリ別れましょうよ。ってこと?


 古文の文法が解らないので、大局観でいきます。
「なかなかに」が目を引きます。そうなると「人をも身をも」の「をもをも」が気になります。もしかして「をも」が二つで「重荷」

 するとね「あふこと」が「おふこと」で「負ふこと」になるのです。

 負うことの 絶えてしなくは なかなかに
    人をも身をも フラみざらまし


 オンブなんて、絶えてしなかったもんだから 
   背負った彼女も自分も ふらつくことよ

 
 「伊勢」の芥川のシーンでしょうか。


 

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by ukiyo-wasure | 2017-05-30 04:02 | 詩・文芸 | Comments(0)

契りきな〜「由良」の逆パターン


 42番・清原元輔さん


  契りきな かたみに袖を しぼりつつ  
       末の松山 波越さじとは


「鑑賞」は、
 
 「心変わりした女への恨みと諦めがたさ」


 前の「由良のとを」の逆で、同音の文字の方を読みます。


  ち かたにそでを つつ  
       すえの こさとは


 「きりなみしつま」「義理なみし妻」です。

 なみす=蔑する。ないがしろにする。


 どういう状況かといいますと、


 男「永遠に変わらない愛を誓ったじゃないか」

 女「永遠の愛なんて、まじで信じてた?あのときは舞い上がってい
   たから誓っただけで。恋なんか、いずれは冷めるに決まってる
   じゃん。ママに聞いてみ」

 
2017.11.21追記訂正

村上春樹さん「世界の終り〜」に教えられました。

  きりなみしつま 

まではOK。

作者は「梨壷」の五人の一人。

梨壷は、正式には昭陽舎というらしい。

「源氏」でおなじみは「桐壺」=淑景舎。

 桐壺をなみし(蔑む)妻

の気がしてきました。


 

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by ukiyo-wasure | 2017-05-29 23:13 | 詩・文芸 | Comments(0)

由良のとを〜究極のパズル


 46番・曽禰好忠さん。


  由良のとを 渡る舟人 かぢをたえ
     行へも知らぬ 恋の道かな


 「鑑賞」は、

 「激流にもまれる小舟のように行く末も知られぬ恋の不安」


 これはねえ、もう和歌というよりパズルでございます。文学として読んでも絶対に解らないでしょう。やりすぎだぞ、ソネっち。
 この人は理系脳といいますか、オタクな感じですね。

 
 神経衰弱のように、同音をペアにして消していきます。


  ゆらのとを わふ(う)なひと かちをたえ
    へ(え)もしらぬ(う) こひのちかな


 赤字が消えて「わるくもしこみ」が残りました。
 さあ、ここから、もうひとヒネリしてある。

 「割る雲しこみ」なのです。


 「雲」を割ると、雨・云です。云はデンではなくクモと読みます。
 雨云=雨雲のことです。雨雲は垂れ込める。


  つまり「たらしこみ」です。


  漢字で「誑し込み」。女たらしの「たらし」です。




2017.11.26 追記

これも、村上春樹さんの「世界の終りと」31章に教えられました。



 良のとを 渡る舟人 かぢをたえ


「かぢ」=由の出っ張りでしょう。

 絶えると「田」になる。

 田良=たら

「雨雲」の方ですが、コレが「入道雲」=入道


 入道、たらし込み。


ピンときますよね。弓削道鏡のことでしょう。


小説では、女の子にナニを触らせるシーンがあります。ご確認を。





 

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by ukiyo-wasure | 2017-05-29 22:42 | 詩・文芸 | Comments(0)

世界の表面はウソでできている


 誰の言葉か忘れましたが、好きです。まったくだからです。

 今話題の前川さんですが、出会い系バーに行ったのが「実態調査」のためというのが本当なら、素晴らしい!感動さえいたします。こういう方と、ぜひ一緒にお仕事をしてみたいなあ。

 そんなことより、トランプさんの「地球温暖化」はデマ!という発言。これは白黒はっきりさせましょうよ。ツバルが沈んでいるとか、海面上昇とか、まったく疑わず、あちこちに書いてきました。

 デマだとしたら、納豆で血液サラサラや、マイナスイオン効果と比べ物にならないインチキですよ。

 マスコミはスルーしちゃうのかなあ、大人の事情で。

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by ukiyo-wasure | 2017-05-29 11:36 | 日常 | Comments(0)

あわれとも〜には参りました


 45番・謙徳公さま。じつの名が、藤原伊尹(これまさ)。



  あわれとも いふべき人は 思ほえで
    身のいたづらに なりぬべきかな



「鑑賞」では、

「最愛の人に同情をさえされない恋の孤独」


「歌意」は、
  
「私のことを可哀想だと言ってくれそうな人は思い浮かばず、きっと私はむなしく死んでいくにちがいないのだなあ」



この歌、じーっと見つめていると、ピンとくるものがございます。「身のいたづらに」です。

 小野小町の歌にあるフレーズです。


   花の色は うつりにけりな いたづらに
      わが身世にふる ながめせしまに




2017.11.20 訂正しました。

村上春樹さんの「世界の終りと〜」に教えられました。

ショックです。こんな複雑なことをするとは!



2つの歌の同音をすべて消します。


 とも いふべきとは おほえで
    みのいたづらに なりべきか


 はなのい うつりにりな いたづらに
      わがみよにる ながめせしま


 残りが

 あれひおほえて=我肥を得て

 が余計です。



小町の歌は、


 ろうつけ  老付け
 よにる   よじる
 めせしま  召せ「しま」



よく見ると「しま」=「ほ」です。


「老」=「我」


「し」と「ま」を捩って(裏返して)「我」に付けよ。



「ほ」を取り出して(召して)反転すると「まし」=「真子」




  我が真子(まこ)、肥を得て



 
小野小町は老いを、我娘は肥満を、
 
鏡を見る度に「やれやれ」という歌なのでした。


娘の藤原懐子さん、ダイエットがんばれ!


「世界の終りと〜」上巻(19)と一致していると思われます。

お持ちの方、ぜひぜひご確認を。

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by ukiyo-wasure | 2017-05-28 20:51 | 詩・文芸 | Comments(0)

みかの原〜は恋歌でなし


 27番・中納言兼輔さん。紫式部の曾おじいさんです。


  みかの原 わきて流るる 泉川
   いつ見きとてか 恋しかるらむ

 
鑑賞では、

 「尽きることなく湧き出てくる恋の憧れ」


うーん。無理があるでしょ。「〜泉川」までが序詞だそうです。

それだけの強い恋心を歌っているわりには、後半がワケワカメ。

だって、好きな人を初めて見たのがいつだったか、思い出せないってある?

中高生の皆さん、ココはツッコむところでしょう。

基本中の基本、頭文字を読んでみます。


 みかの原     
 湧きて流るる   
 泉川       
 何時見きとてか  ナム
 こひしかるらむ  


「見ゆ、去なむ後」となります。

「いつ見きとてか」の答えが「去なむ後」つまり、死後です。

みかの原=三日の原。三日はサヒで「賽の河原」

泉川=黄泉の川、つまり「三途の川」


  賽河原 わきて流るる 三途川
    いつ見きとてか 恋しかるらむ

 ブラックユーモアですね。兼輔さん、グッジョブ!

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by ukiyo-wasure | 2017-05-28 00:49 | 詩・文芸 | Comments(0)

山里は〜石頭には読めない


 28番・源宗于朝臣さん。ムネユキと読みます。


  山里は 冬ぞさびしさ まさりける
    人目も草も かれぬと思へば


 「鑑賞」では、

  「孤独な寂しさをいっそう感じさせる冬の山里」


 「古今集」にも入っている、大変に優れた歌でございます。未来に残したい和歌百選ということで、定家先生は選んだ。

 いったいどこが素晴らしいのか、文部科学省で指導要領を作っている先生方にぜひ聞いてみたいものです。

 冬に寂しさがまさるのは、当たり前だのクラッカー。全然新鮮な切り口じゃない。「春ぞ寂しさまさりける」ならば「えっ、なんで」となりますが。

 そしてひっかかるのが「人目」ね。不自然でわざとらしい。「人」の意味を表すのに、もうちっと、適切な言葉はないのかなあ。人気(ひとげ)とか。

 そんなわけで、


 山里=田舎、胃中です。

 人目=「人」を一人(ヒトリ)のトリと読む。
     鳥目(ちょうもく)=銭のこと。

 草=サと早でササ。笹=酒です。


   胃の中は 冬ぞさびしさ まさりける
      お金も酒も 借れぬと思へば

  
 源宗于さんは官位が進まず不遇だったとありますが、官僚より芸人などが向いているタイプと思われます。いやあ、オモロイ!
 こうこうセンスを受け継いだのが其角なんでしょうね。

 


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by ukiyo-wasure | 2017-05-27 15:55 | 詩・文芸 | Comments(0)

レモン半個分のムカつき


 昨日、夕食時にテレビのクイズ番組を見ていましたら。「レモンでレンジ内の汚れが一瞬にしてきれいになる」と言っておりました。実際の映像付き。

 「一瞬というのは、瞬きの間なのに、拭き取る時間はどーなるんだ。いい加減なことを言うなあ」

 とは思ったものの、レンジ内にこびりついた汚れがあったのと、ちょうどレモンがありましたので、試しました。500Wで三分。そのあと布で拭きました。……汚れは全然とれません。

 国産レモン半個、無駄にしました。
 
  私のやり方がまずかったのでしょうか。

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by ukiyo-wasure | 2017-05-27 12:24 | 日常 | Comments(0)