カテゴリ:作家( 67 )

村上春樹さん「やれやれ」と「もぞもぞ」


村上春樹さんといえば「やれやれ」ですが…。

私は「もぞもぞ」も好きです。

「もぞもぞ」がカワイイ!と思ったのは、「1Q84」でフカエリが、コートを脱ぐ時だったかなあ。


それでね、最近読んだ本、「TUGUMI」「KAGEROU」「絶歌」に、「やれやれ」がカッコ付きで登場する。


何で?


思うに、最近ご活躍のゴーストの方、村上春樹さんが好きなんだろうって思う。


メッセージを送っているのかなあって思う。


読者としては、ちょっと迷惑。


村上春樹さんが「中の人」かと思ってしまうのです。


これ以上複雑にしないで!!


申し上げにくいのですが、「三島論」や「川端論」などを書こうと思っている学生さんや文芸批評家の皆様、本当に本人が書いたか、ぜひ、検証してから書いて下さいね。




「物事には、すべて裏がある」みたいですよ。




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by ukiyo-wasure | 2018-10-09 01:46 | 作家 | Comments(0)

太宰は自己愛の人じゃないと思う


ウィキで「自己愛性パーソナリティ障害」を調べたら、三島とともに太宰もそうだと書いてあるけど、


絶対に違うと思う。


自己愛の人は優れた「小説」を書けないと思う。


だって、小説は他者への共感能力の結晶!


男なのに女になったり、子どもになったり、まったく違う人格に、それこそ「のりうつって」気持ちを表現しますから。


太宰の自殺の理由は芥川と似ている気がします。

文壇への絶望感による精神衰弱みたいなもの?


太宰ファンの皆様どうでしょう。






*追記 太宰の「人間失格」ですが、


太宰自信のことを書いていると読む人が多いと思います。


けれども、タイトルが、伝統的「やまと言葉」のテクニックで作られているならば「文字通り」である筈はなし。

たとえばです。


人間=マン=万
失=実=み=美


と読んじゃったりすると、



人間失格=バンビ書く



バンビというのは鹿の子ども


「志賀の子ども」と考えると……君だけを〜♪


「自己愛の人」になり切って書いているようにも思えるのです。


引用いたします。

人間をだまして、「尊敬され」ても、誰かひとりが知っている、そうして、人間たちも、やがて、そのひとりから教えられて、だまされた事に気づいた時、その時の人間達の怒り、復讐はいったい、まあ、どんなでしょうか。想像してさえ、身の毛がよだつ心地がするのです。

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by ukiyo-wasure | 2018-09-27 23:56 | 作家 | Comments(0)

石原慎太郎×西村賢太


2012年、新潮社刊です。

西村さんが芥川賞受賞の翌年。

西村さんは、私が疑問を持って読んだ、芥川や谷崎、川端、三島……だけでなく、近代純文学すべてを読んでいると思われるくらい博覧強記な方だと知りました。

書いているものも「すべてお見通し」感があります。


だから、この対談は興味津々なわけでございます。


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西村さんにとって石原さんは、選考委員であり、大先輩でございます。

対談内容から、全作品を読んでいるなと思われました。

「太陽の季節」当時の話題の後、西村さん、「完全な遊戯」に言及する。


よしよし、いいぞ!



「完全な遊戯」私の見解はこちら。
https://tamegoro.exblog.jp/27217261/



引用します。「完全な遊戯」のことね。

石原 余計なものを削ぎ落として、露骨な風俗に徹する。一種のモダン・バレエみたいな抽象的な小説を書いたつもりなんだけど、それを風俗に取り違えるから皆勘違いするんだな。


うーむ。「モダン・バレエ」の意味が解りません。


また、西村さんは「石原さんと三島さんはタイプが似ていると思うんですが〜」


うんうん。三島「月」と「ファンキージャンプ」とか、深沢つながりだよね。


石原さん「ノルウェイの森」をさっぱりわからないと言う。


ふむふむ。なるほど。


まあ、いろいろと収穫がありました。


さらにね、西村さんと同時に芥川賞を受賞した朝吹真理子さんについて、石原さんは「面白くない」という評価。


私は朝吹さんって、全然知らなかった。


西村さん、この本で彼女とも対談している。

パラパラ読みしました。

そして、


 俄然、興味が湧いた!!



西村さんが、「創作方法」をかなり詳しく聞いている。

「構成」というか設計図を作らないという答え。


私の中で、疑念ふつふつ……。

だって、構成大事でしょ。


受賞作の題名「きことわ」

パズル脳が反応しました。ワザトラすぎ!

ご本人は否定していますが、タイトルが絶対に意味を持っているでしょ。

西村さん、なぜヒラガナなのかとか、いろいろツッコんでいる。



ということで、


「きことわ」=鬼子とは


親に似ない子のこと。

読みましたので、感想は次の記事で。





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by ukiyo-wasure | 2018-09-24 20:53 | 作家 | Comments(0)

太宰治「如是我聞」の意味


太宰の遺作「如是我聞」ですが、ご存知、志賀直哉に噛み付いている内容です。

太宰にはファンがいっぱいいます。

私はあまり読んでいない。

昔から苦手でした。

最近になって、全然女々しい奴なんかじゃなくて、男気と正義感に溢れ、文壇の不正を告発しつづけた人だと解りました。

「斜陽」も「パンドラの匣」も、やっぱりタイトルに意味が込められていた。

だから「如是我聞」には、かなり重要な意味があると考えていた。

が、いくら考えても解けなかった。


今日、図書館に本を返しに行って、棚の前をすーっと通ったら、背表紙の、


 長谷川如是閑


が目に飛び込んだ。

はっ!!

名前は聞いた事がある。

こちらです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/長谷川如是閑


芥川の「ピアノ」が「岩野泡鳴」の「泡鳴捨」=亡命者

三島「牡丹」=「おたんこなす」の「こうなす」欠き
つまり「(川端)康成書き」(まだ記事にしていません)

のように、何かが無くなっていて、その無くなる前のものに気づかないと解らない場合がある。

当時はポピュラーでも、今だとピント来ないものも多い。


長谷川 是閑
如是我聞


長谷川が無くなっている。


閑消=寛賞=芥川賞

なるほど、谷崎も深沢も、これが読めていたから、芥川賞の別名が寛賞なのですね。


長谷=「長」の尾に「谷」=谷尾長=八百長

川=せん または 川=下わ=かよ



 如是我聞=八百長かよ芥川賞



太宰といえば「芥川賞ください」ネタが有名。

ファンの皆様、いかがでしょう。

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by ukiyo-wasure | 2018-09-23 17:26 | 作家 | Comments(0)

「深沢七郎」の命日に寄せて


8月18日は深沢七郎の命日です。

深沢といえば「楢山節考」と「風流夢譚」

「風流夢譚」は「嶋中事件」によって広辞苑にまで載っている。

ずっと疑問だったのは、なぜ、「風流夢譚」の原稿を三島が持っていたのか。


マスコミはこのことに「つっこまない」


同時に掲載された「憂国」が、私の中では今や「誰かの代筆」

はじめは、こんなの書くのは谷崎くらいだろうと思っていた。

その後、三島の「中の人」が複数いると思われて来た。

深沢もその一人。

「憂国」の代筆者が深沢だと、すべて辻褄が合うのです。


「憂国」と「風流夢譚」が一緒に三島のもとへ届く。

「憂国」を三島が、原稿用紙に写す。

その際、「風流夢譚」のアノ部分を書き変え。

そして、二作品まとめて編集へ。



はじめは、いくらなんでも、同じ雑誌でやるか?

と、思ったけど、逆に、

「差異」を際立たせるには、一人が書き分けた方がいい気もする。

深沢レベルの作家は、文体は自由自在です。

若い女の子の一人称も朝飯前。

「風流夢譚」の文体は、極端に「作っている」と感じませんか。



「憂国」について。
https://tamegoro.exblog.jp/28329864/

西村さん「小銭をかぞえる」について。



余談ですが、最近では「アナログ」の会見で、武さん

「今までは口述だったけど、初めて自分で書いた」と言った。

超ウケた!


「えっ、今までは誰が書いていたんですか?」って、誰も聞かないのね。

気心の知れた、かなり親しいライターがいるってことでしょ。


ふと、西村賢太さんの顔が浮かびました。

いやいや、表には出ない、才能あるゴーストさんが大勢いるのかもしれませんが。






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by ukiyo-wasure | 2018-08-17 13:02 | 作家 | Comments(0)

三島「不道徳教育講座」と檄文


今まで読んだ三島の小説が、ぜーんぶ代筆っぽかったので、「仮面の告白」はどうだ!と気になったけれども、雨で図書館いくのもメンドーだし……。

待てよ、昔読んだ気がする。例の「生まれた瞬間を覚えている」とかいうやつじゃね?

と、押入の中をゴソゴソ。

「仮面の告白」は見つからなかったけど「不道徳教育講座」を発見。

タイトルに反応しちゃいました。

勘です。怪しい。

パラパラしました。

人生経験豊富、幅広い年齢、職業の人たちとの付き合いがないと書けないと思いました。

三島事件の「檄文」と、同一人物が書いたとは、どうしても思えませーん。

このセンスは深沢でしょ。

読んだ人も多いと思いますが、三島の言動とのギャップを感じませんでしたか?



ギャグ満載で面白い章がいっぱいありますが、たとえば「馬鹿は死ななきゃ……」という章。

いくら大学の金時計組でも、生まれついたバカはバカであって、これも死ななきゃ治らない。秀才バカというやつは、バカ病の中でも最も難症で、しかも世間にめずらしくありません。バカの一徳は可愛らしさにあるのに、秀才バカには可愛らしさというものがありません。



とゆうことで、私なりにタイトルを解釈するとこうなります。


不道徳=不動(深沢不動)解く

教育講座=今日行く寄席(高座)=yoday行く止せ



 不道徳教育講座=深沢解く、東大行く止せ


「ナラヤマ」「東京のプリンスたち」など、深沢関連が結構でてきます。



「サーヴィス精神」のこの部分。

木にのぼって柿をとったり、清らかな川で泳いだり、山の尾根づたいに戦争ごっこをして遊んだり、……地方の子供たちは、そういう生活のあいだに、おのずからガキ大将や子分の役割をうけ持って、社会生活や生存競争を学びこそしますが〜



まるで体験したような表現。「尾根づたい」とが、想像だけでは書けないと思いますが……。


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by ukiyo-wasure | 2018-06-15 23:52 | 作家 | Comments(0)

三島「中世に於ける一殺人者の遺せる〜」狂気かーっ!


「中世に於ける一殺人者の遺せる哲学的日記の抜粋」

昭和19年、19歳です。

題名だけで脳がボンバーしそうです。

これね、マジで悩みました。

谷崎あたりが代筆したのだろうと思って読んだ。

イヤイヤ、何度読んでもワケワカメ。何について書いているのか全くわからない。

読んだ人は共感してくれるはず。支離滅裂なのです。


元の題名が「夜の車」と知ってピカッ!


夜=倒デー(昼)=トゥディ=今日

の=下ね=金=き=気

車=カー



 夜の車=狂気かー!



金色の死=つまんねー!のノリです。


昨日、パラパラと「斜陽」と一緒に載っていた「パンドラの匣」を読んでいたら、このことだろ!ってのが「西脇つくし」からの手紙

前記事の「好人物の夫婦」もそうですが、谷崎は、本当に、妄想に取り憑かれたような人の視点が上手い。

三島「哲学」も「偏執狂」だし。

「パンドラの匣」は、パラパラしただけですが「暴露小説」ですね。

シガレットケースを貰って嬉しくないのは、シガー=志賀だから。

主人公の名前が「小柴」「岬にての物語」のオコタンは小此木でしたし。

あだ名など、すべての「固有名詞」には意味があると思われます。

当然題名にも。


太宰ファンの皆様、ぜひぜひ解読にチャレンジしてください。


俳句の剽窃に関する部分。意味深です。引用します。

この人たちにとっては、作者の名なんて、どうでもいいんだ。みんなで力を合わせて作ったもののような気がしているのだ。(中略)あの人たちには、作者なんて、てんで有り難くないんだ。一茶が作っても、かっぽれが作っても、マア坊が作っても、その句が面白くなけりゃ、無関心なのだ。社交上のエチケットだとか、または、趣味の向上だなんて事のために無理に芸術の「勉強」をしやしないのだ。自分の心にふれた作品だけを自分の流儀で覚えて置くのだ。それだけなんだ。僕は芸術と民衆との関係に就いて、ただいま事新しく教えられたような気がした。




*追記

「ダンス・ダンス・ダンス」で、ユキが五反田君から借りた車に乗って「気分が悪く」なるシーンがあります。

関係ありそうなんですが……。


*追記 2018.9.27

三島に「夜の仕度」があります。
これの解釈をノートで確認したら、

夜=ナイト=騎士
の=下ひ=かい
仕度=下く=書く


 夜の仕度=気違い書く


「狂気」とも「気違い」とも読めるから何とも……。

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by ukiyo-wasure | 2018-06-13 14:31 | 作家 | Comments(0)

ラスボスは志賀直哉か


川端康成の代筆疑惑からはじまって、インチキが底なし状態になってきたのですが。

これらをプロデュースしていたのは誰だろうと謎でした。

大正時代からですからね。

初めは菊池寛かなあと思っていた。

が、太宰の態度では、その上に誰かいる感じがあった。

登場人物の中で、もっとも年上は志賀直哉

日本人離れしたイケメンです。

ずるそうな人相でもない。

太宰以外は、誰一人悪口を言わない。

こうゆうキャラが、大ドンデンで「黒幕」のケースはよくある。

事実は小説より奇なり。


「暗夜行路」の上巻、読み終えました。


阪口の自殺方法「播磨」の謎も解けました。


タイトルも解読できました。

ヒントは「斜陽」にありました。


太宰ファンの皆様、乞うご期待。







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by ukiyo-wasure | 2018-06-11 12:28 | 作家 | Comments(0)

志賀直哉で思い当たること


前の記事の補足です。


「掌の小説」の「白馬」1963年。谷崎が書いたと思う。

幼少の頃、仲良しの女の子が「白馬」の絵を描いたことを思い出している。
その白馬の幻が度々現れる。
乗っている者は桃色の服に、黒衣をたなびかせている。
この少女には40年逢っていないし、どうしているかも解らない。


「白鳥」1948年から15年後です。その前に「斜陽」があった。

「白鳥」も「斜陽」も志賀直哉の「小僧の神様」(尾崎紅葉と読む)について書いている。


*訂正/「斜陽」は「暗夜行路」についてでした。


白馬というのは元々は葦毛です。懐かしいプレストウコウです(歳バレるし)。


 葦毛=足蹴=金色夜叉



たなびく黒衣は貫一のマント


栗毛=マロン殻=僻目の解釈は、「掌の小説」の「時計」がヒントです。

服部セイコー=服部半蔵=伊賀者=僻者





深沢に「去年の秋」というラジオドラマの脚本があります。

表向きは「正宗白鳥の死」について書いたことになっている。

私は、谷崎の死について書いていると読みました。

「去年の秋」を「コゾのオータム」=「小僧の会ふた夢」

谷崎に「小僧の夢」という作品があるからです。


「小僧(去年)の秋」の「秋」を「紅葉」と読めば「小僧の神様」になっちゃう!


さらに深沢「白鳥の死」は白鳥=スワン=吸わんで、「近縁者の死」と解釈しました。

これがヒントで「白鳥」が煙草関連とピンときました。

四暗刻のヒントは「春の雪」です。

皇族が麻雀に凝っているというウソ臭さ。


最近読んだ開高健作品集」のあとがきに、「飢え」の時代について「斜陽」などと言っているレベルじゃなかったと書いている。

メタファー作家の言葉は額面通り受け取ってはいけない。

固有名詞は意味がある。

それで「斜陽」は怪しいと睨んでいました。


さらに、「細雪」を解読していたとき、「異端者の悲しみ」だった気がしますが、谷崎が誰かに「志賀直哉より上手いだろ」みたいなことを言ったと書いてあった。

ライバル意識があるのかなあと思った。

「両方俺が書いたんだけど。わかんねーだろうなあ」というギャグ?



「暗夜行路」に「裏源氏」が入っていたら「正義は太宰にあり」。

「桜桃忌」までにチェックしてみます。

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by ukiyo-wasure | 2018-06-10 13:38 | 作家 | Comments(0)

三島と開高、文体そっくりじゃん!


ほぼ同時に読みましたから。

形容のクドさが共通です。

雲を見る、花を見る、人の顔を見る。

そんな場合、日常生活で、普通は、ここまで観察し脳内で複雑な比喩をしないでしょ。

という表現が、この二人に共通。


もうハッキリ言っちゃいます。

「豊饒の海」、まだ「春の雪」しか読んでいませんが、開高健が書いたんじゃね?


そう仮定すると、題名の意味はこうなる。


「豊饒の海」=放尿のシ毎=臭い芝居

ここからさらに、臭い芝居=開口、ガクッ


 開高、書く



「春の雪」=春「下ひ」「な(雪崩の「な」)=しゅん・かい・名

=しゅんかいタロ


 潤、書いたろ



「奔馬」=おんば=「乳母日傘」の日傘がまだ


 イカサマだ


「暁の寺」=バカ撞き「下ね」テンプル=バカボン「こめかみ」


 バカボンごめん(下み=む)

*「暁鐘聖歌」の「暁鐘」=「暁の」の妙。



「天人五衰」=盗人狡い



半分マジです。


「金閣寺」もちょっと読みましたが、これがまた、

誰が書いたんだーっ!

そのことについては、後ほど。

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by ukiyo-wasure | 2018-05-31 14:48 | 作家 | Comments(0)