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三島由紀夫の「耳」の悩ましさ


前の記事で、三島由紀夫に「影武者」がいたのではって書きました。

「ダンス・ダンス・ダンス」に出て来る「キキの耳」の謎と相まって、「耳」が気になって夜も寝られず…はオーバーですが。



まず、文庫本のカバーの写真。
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特徴ある耳でしょ。

28歳の写真はこんな感じ。


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動画もあります。三島1969年(44歳)


以上三つは同じ形の「耳」です。



で、全集の写真にこんなのが。37歳。

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縁が丸い。お猿っぽい。


問題の「三島事件」のときですが、コチラのサイトのがはっきりしていますので、オジャマさせていただきました。


「三島事件の写真」



ねっ、悩ましいでしょ?




*追記

老け顔の写真で、三遊亭小遊三さんそっくりのがある。

小遊三さんの実名がユキオ(幸夫)なんですよね。

by ukiyo-wasure | 2019-01-26 18:53 | 作家 | Comments(0)

三島「午後の曳航」の作者は開高健だと思う


久々に三島を読みました。


「ダンス・ダンス・ダンス」を読み解くには、三島をぜーんぶ読まないとダメっぽいから。


短編はいいけど、長編は気合いを入れないと取りかかれない。

年末に「禁色」を借りて来てたんだけど、ちょっと読んだだけでほったらかし。期限切れで返しちゃった。


昨夜、中編の「午後の曳航」にチャレンジ。


皆さん、曳航って知ってた?

広辞苑によると、


曳航(えいこう)=船が他の船をひっぱって航行すること。



ウィキであらすじをご確認ください。

「午後の曳航」


黒田登という13歳の少年と、その仲間たちが、じつに、神戸の事件をイメージさせる。猫を殺して解剖したり。


学校の成績は優秀、家が裕福、だけど「狂っている」



父親との関係がナンタラ〜じゃないでしょ!


ビョーキです。母親は感づいていると思われる。だから夜、部屋に外からカギを掛けるのでしょう。




「曳航」という、一般的でない言葉をなぜ使ったのか。


 エイコウ=へ行こう


登少年は三島自身とかぶる。


どこへ「行こう」なのか。 


 午後=後光=聖人

 の=下ひ(いろは歌)=かい



 午後の曳航=精神科医へ行こう




中の人を開高健と推理した理由は、開高ワード。


「ひりひり」が二回。そして「胸苦しい」


あとはタイトルの付け方


「後光」から「聖人」へ、飛躍した連想を求めるところ。




*追記 

猫殺しのシーンが「神戸事件」とかぶると書きましたが、元少年A「絶歌」に、三島を「ごビョーキ」と書いている。

これに出会った瞬間、「中の人」が閃きました。







by ukiyo-wasure | 2019-01-14 11:50 | 作家 | Comments(0)

三島由紀夫の謎


散々に、三島は小説家じゃなかったと書いて来ました。

べつに、本人に恨みがあるとか、嫌いとかではありません。

たまたま、別人が書いているでしょ!ってなっただけ。

エア作家と思われる人はゴロゴロいるのですが、その人たちは、出版社という「商売人」に頼まれて「名前を貸した」ようなものだと思う。

志賀や川端はちょっと違う感じもしますが、いずれにせよ、本人の意志であったことは間違いない。


三島だけは違う。

だって、処女作が中学一年ですから。

作家にならなければ、誰も注目しなかったはずの、平岡公威名義の作品もすべて「プロの作家」が書いたとしか思えない。

どうゆうこっちゃ!

作文の宿題を親が代わりにやるのは、よくあることです。

その延長で、親が知り合いの作家に頼んだのか。

それが発端となり、平岡少年は文才がスゴい!となり、レベルを落とす事が出来なくなったのか。


ぜーんぶ、憶測ね。


文豪に向って、大胆にいわせてもらうと、本人が書いたと思われる「解説」や「評論」は、ゾッとするほど「へたくそ」過ぎ!

ゴーストさんがからかって書く「支離滅裂体」そのもの。

読み終わって、結局イミフなのです。

私もそうでしたが、多くの人は「自分は頭が悪いから理解できないのだ」となってない?

「読めない」「辞書引かないと意味がわからない」漢字ばっかりだし。



「文は人なり」というように、この文体が彼の人間性を表しているとしたら、子どもの頃から「作文が苦手」だったのでは。

だからこそ、親は代筆を頼んだ。

文章は、天性のリズム感や、音への感受性、その他いろいろの持って生まれた資質が関係している気がする。


じゃあなんで、官僚や弁護士や、その他エリートの職業はいくらでもあるのに「作家」になったのか。


聡明な文章が書けないということは、聡明な思考ができないということですから、聡明な思考を必要とする職業には適応できなかったということでは。


重箱の隅をつつかせてもらうと、

たとえば「真夏の死」の自身の解説。

「ふつうの小説とは逆に〜」などと書く「ゆるさ」だけで、この人小説家じゃない!ってなる。普通の小説?「普通」って何よ? 

あんだけ難しい漢語を使うくせに「いかにもいやだったし」は、魯山人大先生なんかに見つかったら「お前は小学生か」と怒られるレベル。



三島ファンや研究者は多いと思います。

評論と小説、同じ人が書いたと思えます?








by ukiyo-wasure | 2018-11-23 12:43 | 作家 | Comments(0)

黒田さんも「オバケ組」?


黒田夏子さんの登場で、今までの推理が崩れた、というのか、逆に納得できたというか…。


文学賞は「商法」だと気づき、裏にゴーストライターがいると思われる作品が目についていた。


証拠はまったくなく「作品を読む限り」としか言えません。

芥川の時代からだと思う。

芥川は夭折していますから、オバケの親分は谷崎でしょうか。

アトをついだのが、源氏鶏太、深沢、開高健って感じ。

川端に関しては、太宰、龍胆寺、その他女性作家などがいるかと思います。


オバケ三人衆の最後の一人、開高が1989年に亡くなっています。


ところが、その後も「小説を書いてみない?」といわれて書いたら芥川賞!とか、「ある日突然小説が書けるようになって」書いたら芥川賞!


などという怪奇現象が起きている。


他にもタレントが書いた小説が大ヒット映画化とか。

これらをチェックしてみたら、まるで、

村上春樹さんが書いたの?って思わせるアイテムやら春樹ワード、源氏のスカシなんかが入っていた。


「やれやれ」「含まれている」「入り口と出口」「爪の甘皮」「もぞもぞ」「もっさり」「穴の中」「混ざった」……「送り火」には「ネジ巻鳥が畦(くろ)に来る」とか。「あこがれ」には「草をぷちぷち」。



でも、ほとんどを村上春樹さんが代筆しているというのは、まず考えられない。



いったい、どーなってんじゃ!


気がついていないオバケさんがいそう。
文体模写が得意で「どんな文体もおまかせー」な人。


遊び心で、ポコッとハルキワードを落っことして置く。


一人は西村賢太さんかなあって思ってた。

貫多シリーズが藤澤の文体模写ですから。

すごい器用な上に、小説が上手すぎる。


で、もう一人の最有力候補が、黒田夏子さんなのでした。


二十代で「毬」のレベルでしょ。

才能が溢れ過ぎ!!

五十年間、書き続けてきての、功労賞が芥川賞じゃないかと思いました。


すべて、想像ですが。





by ukiyo-wasure | 2018-11-18 15:08 | 作家 | Comments(0)

村上春樹さん「やれやれ」と「もぞもぞ」


村上春樹さんといえば「やれやれ」ですが…。

私は「もぞもぞ」も好きです。

「もぞもぞ」がカワイイ!と思ったのは、「1Q84」でフカエリが、コートを脱ぐ時だったかなあ。


それでね、最近読んだ本、「TUGUMI」「KAGEROU」「絶歌」に、「やれやれ」がカッコ付きで登場する。


何で?


思うに、最近ご活躍のゴーストの方、村上春樹さんが好きなんだろうって思う。


メッセージを送っているのかなあって思う。


読者としては、ちょっと迷惑。


村上春樹さんが「中の人」かと思ってしまうのです。


これ以上複雑にしないで!!


申し上げにくいのですが、「三島論」や「川端論」などを書こうと思っている学生さんや文芸批評家の皆様、本当に本人が書いたか、ぜひ、検証してから書いて下さいね。




「物事には、すべて裏がある」みたいですよ。




by ukiyo-wasure | 2018-10-09 01:46 | 作家 | Comments(0)

太宰は自己愛の人じゃないと思う


ウィキで「自己愛性パーソナリティ障害」を調べたら、三島とともに太宰もそうだと書いてあるけど、


絶対に違うと思う。


自己愛の人は優れた「小説」を書けないと思う。


だって、小説は他者への共感能力の結晶!


男なのに女になったり、子どもになったり、まったく違う人格に、それこそ「のりうつって」気持ちを表現しますから。


太宰の自殺の理由は芥川と似ている気がします。

文壇への絶望感による精神衰弱みたいなもの?


太宰ファンの皆様どうでしょう。






*追記 太宰の「人間失格」ですが、


太宰自信のことを書いていると読む人が多いと思います。


けれども、タイトルが、伝統的「やまと言葉」のテクニックで作られているならば「文字通り」である筈はなし。

たとえばです。


人間=マン=万
失=実=み=美


と読んじゃったりすると、



人間失格=バンビ書く



バンビというのは鹿の子ども


「志賀の子ども」と考えると……君だけを〜♪


「自己愛の人」になり切って書いているようにも思えるのです。


引用いたします。

人間をだまして、「尊敬され」ても、誰かひとりが知っている、そうして、人間たちも、やがて、そのひとりから教えられて、だまされた事に気づいた時、その時の人間達の怒り、復讐はいったい、まあ、どんなでしょうか。想像してさえ、身の毛がよだつ心地がするのです。

by ukiyo-wasure | 2018-09-27 23:56 | 作家 | Comments(0)

石原慎太郎×西村賢太


2012年、新潮社刊です。

西村さんが芥川賞受賞の翌年。

西村さんは、私が疑問を持って読んだ、芥川や谷崎、川端、三島……だけでなく、近代純文学すべてを読んでいると思われるくらい博覧強記な方だと知りました。

書いているものも「すべてお見通し」感があります。


だから、この対談は興味津々なわけでございます。


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西村さんにとって石原さんは、選考委員であり、大先輩でございます。

対談内容から、全作品を読んでいるなと思われました。

「太陽の季節」当時の話題の後、西村さん、「完全な遊戯」に言及する。


よしよし、いいぞ!



「完全な遊戯」私の見解はこちら。
https://tamegoro.exblog.jp/27217261/



引用します。「完全な遊戯」のことね。

石原 余計なものを削ぎ落として、露骨な風俗に徹する。一種のモダン・バレエみたいな抽象的な小説を書いたつもりなんだけど、それを風俗に取り違えるから皆勘違いするんだな。


うーむ。「モダン・バレエ」の意味が解りません。


また、西村さんは「石原さんと三島さんはタイプが似ていると思うんですが〜」


うんうん。三島「月」と「ファンキージャンプ」とか、深沢つながりだよね。


石原さん「ノルウェイの森」をさっぱりわからないと言う。


ふむふむ。なるほど。


まあ、いろいろと収穫がありました。


さらにね、西村さんと同時に芥川賞を受賞した朝吹真理子さんについて、石原さんは「面白くない」という評価。


私は朝吹さんって、全然知らなかった。


西村さん、この本で彼女とも対談している。

パラパラ読みしました。

そして、


 俄然、興味が湧いた!!



西村さんが、「創作方法」をかなり詳しく聞いている。

「構成」というか設計図を作らないという答え。


私の中で、疑念ふつふつ……。

だって、構成大事でしょ。


受賞作の題名「きことわ」

パズル脳が反応しました。ワザトラすぎ!

ご本人は否定していますが、タイトルが絶対に意味を持っているでしょ。

西村さん、なぜヒラガナなのかとか、いろいろツッコんでいる。



ということで、


「きことわ」=鬼子とは


親に似ない子のこと。

読みましたので、感想は次の記事で。





by ukiyo-wasure | 2018-09-24 20:53 | 作家 | Comments(0)

太宰治「如是我聞」の意味


太宰の遺作「如是我聞」ですが、ご存知、志賀直哉に噛み付いている内容です。

太宰にはファンがいっぱいいます。

私はあまり読んでいない。

昔から苦手でした。

最近になって、全然女々しい奴なんかじゃなくて、男気と正義感に溢れ、文壇の不正を告発しつづけた人だと解りました。

「斜陽」も「パンドラの匣」も、やっぱりタイトルに意味が込められていた。

だから「如是我聞」には、かなり重要な意味があると考えていた。

が、いくら考えても解けなかった。


今日、図書館に本を返しに行って、棚の前をすーっと通ったら、背表紙の、


 長谷川如是閑


が目に飛び込んだ。

はっ!!

名前は聞いた事がある。

こちらです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/長谷川如是閑


芥川の「ピアノ」が「岩野泡鳴」の「泡鳴捨」=亡命者

三島「牡丹」=「おたんこなす」の「こうなす」欠き
つまり「(川端)康成書き」(まだ記事にしていません)

のように、何かが無くなっていて、その無くなる前のものに気づかないと解らない場合がある。

当時はポピュラーでも、今だとピント来ないものも多い。


長谷川 是閑
如是我聞


長谷川が無くなっている。


閑消=寛賞=芥川賞

なるほど、谷崎も深沢も、これが読めていたから、芥川賞の別名が寛賞なのですね。


長谷=「長」の尾に「谷」=谷尾長=八百長

川=せん または 川=下わ=かよ



 如是我聞=八百長かよ芥川賞



太宰といえば「芥川賞ください」ネタが有名。

ファンの皆様、いかがでしょう。

by ukiyo-wasure | 2018-09-23 17:26 | 作家 | Comments(0)

「深沢七郎」の命日に寄せて


8月18日は深沢七郎の命日です。

深沢といえば「楢山節考」と「風流夢譚」

「風流夢譚」は「嶋中事件」によって広辞苑にまで載っている。

ずっと疑問だったのは、なぜ、「風流夢譚」の原稿を三島が持っていたのか。


マスコミはこのことに「つっこまない」


同時に掲載された「憂国」が、私の中では今や「誰かの代筆」

はじめは、こんなの書くのは谷崎くらいだろうと思っていた。

その後、三島の「中の人」が複数いると思われて来た。

深沢もその一人。

「憂国」の代筆者が深沢だと、すべて辻褄が合うのです。


「憂国」と「風流夢譚」が一緒に三島のもとへ届く。

「憂国」を三島が、原稿用紙に写す。

その際、「風流夢譚」のアノ部分を書き変え。

そして、二作品まとめて編集へ。



はじめは、いくらなんでも、同じ雑誌でやるか?

と、思ったけど、逆に、

「差異」を際立たせるには、一人が書き分けた方がいい気もする。

深沢レベルの作家は、文体は自由自在です。

若い女の子の一人称も朝飯前。

「風流夢譚」の文体は、極端に「作っている」と感じませんか。



「憂国」について。
https://tamegoro.exblog.jp/28329864/

西村さん「小銭をかぞえる」について。



余談ですが、最近では「アナログ」の会見で、武さん

「今までは口述だったけど、初めて自分で書いた」と言った。

超ウケた!


「えっ、今までは誰が書いていたんですか?」って、誰も聞かないのね。

気心の知れた、かなり親しいライターがいるってことでしょ。


ふと、西村賢太さんの顔が浮かびました。

いやいや、表には出ない、才能あるゴーストさんが大勢いるのかもしれませんが。






by ukiyo-wasure | 2018-08-17 13:02 | 作家 | Comments(0)

三島「不道徳教育講座」と檄文


今まで読んだ三島の小説が、ぜーんぶ代筆っぽかったので、「仮面の告白」はどうだ!と気になったけれども、雨で図書館いくのもメンドーだし……。

待てよ、昔読んだ気がする。例の「生まれた瞬間を覚えている」とかいうやつじゃね?

と、押入の中をゴソゴソ。

「仮面の告白」は見つからなかったけど「不道徳教育講座」を発見。

タイトルに反応しちゃいました。

勘です。怪しい。

パラパラしました。

人生経験豊富、幅広い年齢、職業の人たちとの付き合いがないと書けないと思いました。

三島事件の「檄文」と、同一人物が書いたとは、どうしても思えませーん。

このセンスは深沢でしょ。

読んだ人も多いと思いますが、三島の言動とのギャップを感じませんでしたか?



ギャグ満載で面白い章がいっぱいありますが、たとえば「馬鹿は死ななきゃ……」という章。

いくら大学の金時計組でも、生まれついたバカはバカであって、これも死ななきゃ治らない。秀才バカというやつは、バカ病の中でも最も難症で、しかも世間にめずらしくありません。バカの一徳は可愛らしさにあるのに、秀才バカには可愛らしさというものがありません。



とゆうことで、私なりにタイトルを解釈するとこうなります。


不道徳=不動(深沢不動)解く

教育講座=今日行く寄席(高座)=yoday行く止せ



 不道徳教育講座=深沢解く、東大行く止せ


「ナラヤマ」「東京のプリンスたち」など、深沢関連が結構でてきます。



「サーヴィス精神」のこの部分。

木にのぼって柿をとったり、清らかな川で泳いだり、山の尾根づたいに戦争ごっこをして遊んだり、……地方の子供たちは、そういう生活のあいだに、おのずからガキ大将や子分の役割をうけ持って、社会生活や生存競争を学びこそしますが〜



まるで体験したような表現。「尾根づたい」とが、想像だけでは書けないと思いますが……。


by ukiyo-wasure | 2018-06-15 23:52 | 作家 | Comments(0)