カテゴリ:古川柳・俳句( 275 )

其角の句の難解さ


ギャグの元ネタがわからないと笑えないと同様、文芸も、メタファーが入っていた場合、元ネタがわからないと「読めない」。

其角の句は、バックが深くて広すぎて、句の意味だけを考えても絶対に解らない。芭蕉もそうなのでしょうが、「違和感」を残さないから「裏の意味」を疑われることがない。


たとえば、其角のこの句。


 二星私(ひそかに)憾(うら)ム となりの娘 年十五



岩波の解釈は、

美しい牽牛・織姫の両星も、ことし十五歳を迎えた隣の初々しい魅力の前には、ひそかにこれを羨ましく思っていることであろう。


表の意味です。


だから何?ってレベルでしょ。


初めは、「年十五」を「十五夜」と解釈して、星が目立たない月夜を恨んでいる、などと「甘い解釈」をしておりました。


表が美しいほど、裏には「奇麗ごとじゃないリアル」がある。

という、文学の真実を知ると、こんな風にも読めちゃう。


引っ掛かるワードが「私/ひそかに」

だって、表の解釈だと、いらないワード。


二星=にせい=偽医
ひそかに=砒素下じ=砒素散(下四)
うらむ=売らん
となりの娘=金になる娘
年十五=年中子


砒素散=堕胎薬



しょっちゅう妊娠する遊女に堕胎薬を売るという意味。


さらに深読みすると、

「娘」=中国語でニャン=

年十五=老猫

猫が年を取って鼠を取らないので「砒素散」=石見銀山を売る。


そうなると、二星=月と日=二鼠とも考えられる。


鼠の気持ちになると、猫に追っかけられていた方が、毒殺されるよりマシ!


鼠ら石見銀山を恨む。隣の猫が老いて役立たず


*この解釈だと、「美しい星」「1973年のピンボール」の「星」と「鼠」がつながる。


これらの読みも、まったく的外れで、思いもよらない別解があるかもしれないのです。


其角の句は、すべてがこんな感じ。




*追記

宇宙人=グレイ=利休鼠

「美しい星」の第一章はこれ?


なるへそ。以下のマークが出て来ます。


 ◉


小説では、空飛ぶ円盤、UFOのことだそうです。

「蛇の目」というらしい。


「利休鼠」といえば「城ヶ島の雨」


北原白秋の作詞。


「蛇の目」といえば、


 雨雨ふれふれ母さんが
 蛇の目でお迎えうれしいな〜♪


童謡「あめふり」


な、なんと、作詞が北原白秋!










 

by ukiyo-wasure | 2019-01-17 12:52 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

其角「辛子酢」は「酷さ」と読む?


 うぐひすに この辛子酢は 涙かな



タイムリーな「忠臣蔵」ネタです。


大高源吾=子葉の法要のときの句。


「討入り」は12月ですが、年が明けてです。


これは長期に渡り悩んだ句。そして、パッと閃いたのが以下の解釈。


「うぐひすに〜」以前の解釈



甘かった!


「優しいサヨク」様のお出ましです。

最終章「魔法の靴・聖母みどり」。



〈お婿さん〉というワードにひっかかりました。


辛子酢=下ら・こ・さん=むこさん

さらに変換して「酷さ」


ここからは「忠臣蔵」のイメージです。


うぐひす=初音=「源氏」では鼠=チュー=忠



 うぐひすに この辛子酢は 涙かな


その心は、


 忠臣に この酷さは 涙かな



「魔法の靴・聖母みどり」ですが、「魔法の靴」は「赤い靴」で「赤」



 赤・緑=若緑=子葉



「優しいサヨク」で、千鳥が、みどりの「父殿」「国家殿」について考える。


忠と孝の狭間で悩む姿でしょ。


儒教では「孝」をもっとも大事にしたみたいですが、武家社会では「忠」優先じゃないと成り立たない。


親より先に死ぬのは親不孝なんで……戦はパス!とか言われたら困るでしょ。


こんな感じで、次は「カプセルの中の桃太郎」に行きまーす。





*追記

深刻な情景なのに「チュー=忠」。

誹諧の心でしょうか。

これを失ったら「クサく」なる気がします。




by ukiyo-wasure | 2018-12-16 15:45 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

其角「〜傘に付けたる小人形」は藁人形


其角の句、


 五月雨や 傘に付けたる 小人形



これは、まったくチンプンカンプンでした。

カサですから、おなじみの梅毒ネタで、小人形は薬か何かかなあ、と思ったり。

これだ、というのがなかった。

テキストの岩波文庫にも、無印。マーカーも引いていないし、付箋、書き込み皆無でした。


昨夜、また「優しいサヨク」第十章。


最後に「人形」が出て来たのです。



えっ! コレって藁人形?丑の刻参り? 



「傘に付けたる」=下さ(き/木)に付けたる小人形



小人形は藁人形か?



じゃあ「五月雨」は?



「牛の刻参り」からいろいろ連想しているうちに、思いついたのが能の「鉄輪」です。
 

能「鉄輪」



頭に載っけているのが「鉄輪」


別名「五徳」といって、火鉢や炉に置いて、鉄瓶等をのせる。



「五徳」と「五月雨」。ビンゴでしょ。


「雨」=「はめ」と読む。


「月」をトクと読めばいいんですね。


和歌で月=クとニで「くに=国」と読みました。


「く」はできた。



=ふ=う=卯=うさぎ=兎=



  五月雨 傘に付けたる 小人形


その心は、


  鉄輪はめ 木に付けたる 藁人形



能の「鉄輪」は、夫に顧みられなくなった妻の恨み。



「優しいサヨク」第十章は「無理しないように」



なーるへそ、無理=うり=ふり、「ふりしないように」


 不倫しないように


小説の方に、


「似顔絵に足跡」とか、ホルン=フォルムとか出て来ます。


うーん、偶然かなあ……。





「五月雨」を「五寸釘」と読めたらバッチリなんだけどなあ。












by ukiyo-wasure | 2018-12-16 12:09 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

其角「やね葺と〜」その1「渡世人と虚無僧」


 
 やね葺と 並(ならん)でふける 菖蒲哉



端午の節句の情景。というのが表の意味。


で、裏を以下のように解釈している。


これも、あーあ、甘かった!なのです。


「やね葺と〜」


またまた不思議なことに「優しいサヨクのための〜」第九章から、フッと閃きました。


やね葺=頭(かしら)持ち=柏餅

ここまではOK。


柏餅には、別の意味がある。


雷蔵のヤクザ映画だったかなあ、タイトル忘れました。渡世人の「しきたり」を忠実に描いているといわれているものです。

旅人は、一枚の布団を二つ折りにして、そこに挟まって寝る。

これを称して「柏餅」


柏餅=渡世人(旅人)


渡世人は、別名ヤクザともいいますが、「長脇差し(長ドス)」ともいう。


浪曲ファンならおなじみですね。


武士じゃないから「一本差」です。


で、「長脇差し」というのは、どんくらいの長さか。


な、なんと「一尺八寸」以上だって!!


びっくりの意味、解りますか?


「尺八」がなぜ「尺八」と呼ばれるか。

一尺八寸だからでーす。


一尺が約30センチですから、54センチくらい?


句にもどります。

「並んでふける」ですが、「ふける」にもいろいろ意味がある。

「学校をふける」とかね。


尺八が出ましたから「吹ける」と仮説を立てます。


すると「菖蒲」が、尺八にならなきゃいけません。


「源氏物語」裏の意味で「竹河」=菖蒲です。

菖蒲も杜若も毒があるということです。


菖蒲=竹河=竹下わ=竹い=竹一


「一」を何と読みましょう。一文字、あるいは

竹一文字竹棒、いずれも「尺八」でOKでしょう。



情景が目に浮かびます。


旅人(たびにん)が、「軒下三寸借り受けましての仁義」

並んで、門付の虚無僧が尺八を吹く。


「おひかえなすって」の伴奏が、ぶわ〜〜〜♪



 やね葺と 並でふける 菖蒲哉



その心は、


 旅人も 虚無僧も 二尺弱 




マイホーム主義みたいな、ほのぼの系から、正反対の世界にドンデン返し。


やっぱ、其角はちがうなあ。



*とはいうものの、あくまでも「推理」です。

ヤクザのルールが当時あったのか、解りません。

幡随院長兵衛がヤクザの元祖といわれている。

其角の時代より前です。

幡随院は人足の周旋が本業だったようで。

地方から出て来る人足が博打を打ったりして、渡世人になっていったのかもしれません。無宿人ですよね。


幡随院の後のことは、ちょっと解らない。

彼らは「文字で記録を残さない」ことにしていたみたいです。

証拠を残したくないからでしょう。







「優しいサヨク」の方に、タクアンの真空パックが出て来ます。

これが、マジで、尺八のイメージなのでした。


「端午の節句」「尺八」ですが、「サヨク」の方に、不思議な既視感を覚えました。

ソレについては、次の記事で。




*追記

今、気がつきました。


やね葺=頭持ち=頭文字と読むと、


や・な・し=家無し


無宿人の意味になるのね。


うーん、こっち? 


無宿人=渡世人なんでしょうけど。





by ukiyo-wasure | 2018-12-16 00:38 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

其角「百八のかねて迷ひや」優しいサヨクさん、神!




  百八の かねて迷ひや 闇の梅


以前の解釈が以下↓

「百八の〜」



得意気に書いております。

中途半端に「和歌のテクニック」を知った時点では、この程度の読み。


其角先生は、すべて解って作っているのでしょう。


たしかに、これくらいの「小細工」は「だから何?」のレベル。



「優しいサヨクの〜」第八章「かさぶた」が、この句と一致すると睨んで、じっくり読みました。



父(パトロン)が出てくる。「かさぶた(梅毒)」が出てくる。


間違いないと思ったものの父(パトロン)の名」を聞くシーン。


コレにピンと来ましたね。


句をよく見ると、「かね」=「下ね」=な=名



「親の名で迷う」とは、どーゆうこっちゃ??



昨夜、考えながら寝ました。

朝になったら、ピカッ。

100%正解かは解りません。

皆さんも考えてみてね。



其角さんの本名は、侃憲(ただのり)です。


「ただのり」とくれば、和歌・俳句・川柳をかじった人なら「忠度」を思う。平忠度。川柳では、無銭乗船の代名詞。




其角の名字は、はじめ榎本で、後に宝井。



「親の名」=榎本と宝井



其角は俳号をいくつも持っている。


この句は、「其角」という俳号を考えている状況と見た



親の名前が榎本かあ…俺の本名が「ただのり」…。

「忠度」とえば「薩摩守(さつまのかみ)」か。

榎本屁のもと…プッ、屁のもとが「サツマ」かよ。

親父、ふざけた名前付けやがったな。

宝井に変えて良かったよ。

宝井……ん?…おいおい、こっちは「ほうひ」かよ。

どーなってんだ。

放屁サツマも、臭そうだろ。

匂う匂う、まるで「闇の梅」

闇の梅……病みの梅なら…「瘡掻く」

かさかく=下さ(き)かく=其角



かくして「其角」という俳号が誕生したのでした。



 百八の かねて迷ひや 闇の梅



その心は



 親の名で 超迷ひや わが雅号



by ukiyo-wasure | 2018-12-15 12:28 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

其角「あくる夜も〜」復活祭?


前の記事に出てきた「よめが君」の句というのが、


 あくる夜も 仄かに嬉し よめが君


「あくる夜」=元旦ということになっている。


「よめが君」=鼠。鼠は「源氏物語」では「初音」

「初音」に「歯がため」をするのに「鏡餅」を食べる。

(いかにもでしょ?)


だから「よめが君」=鏡餅=鏡文字と読んだ。

キリシタンねたです。


そうなると「あくる夜」はキリスト教関係の日だろうなあと思っていた。

クリスマスとか。


ここでまた「優しいサヨクのための嬉遊曲」です。

第四章「処女みどり」。

これが、上記の句と一致じゃないかと思ったわけ。


「鏡」が出て来るから。



意味深なのが、バージニヤが〈両手に目に見えない卵を握っていた〉。

「卵」とくればイースター、復活祭です。

復活祭は「春」です。


「処女みどり」=新緑と解釈できる。


さてさて、「あくる夜」が復活祭と読めるか。


「あくる」の「くる」ですよ、もう、「クロニクル」の「クル」と一緒。

クルッといくのです。


「あ」がクルッ。


「あ」とは何か。吾=其角でしょ。


其=そ 角=かく=下く=や

「そや」がクルッ=やそ=耶蘇(キリスト)

「夜も」=よも=四方=天が足りない=天消=転生

*和歌で方角を詠むときは東西南北+天


はいっ、キリストが転生、復活いたしました!


 復活祭 仄かに嬉し 鏡文字



*前記事の「キリシタンの魔鏡」です。



「仄かに嬉し」も、このままじゃないだろうとは思いますが、取りあえずここまで。


とにかく、其角は難しい!



*追記

「二鼠藤を噛む」という言葉があって、「 二鼠を月日、藤を生命に例え、現世は無常で、刻々と死地に近付くこと。」だって。

二鼠=月日。で、鏡餅は月と太陽を表しているらしい。











by ukiyo-wasure | 2018-12-13 12:08 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

其角「うたたねや〜」ヤハウェ!?


超!!!悩ましいんですけど。


「優しいサヨクのための嬉遊曲」第七章「メヌエット」を読んだら、この句っぽい。



 うたたねや 揚屋に似たる 土用干



「土曜日」とか「寝るのが好き」とか出てくるのですが、それは置いておきます。


句の解釈ですが、これはまったく解らなかった。


今回、再びのチャレンジ。


あれっ?となったのが「土用干」


皆様、よーく見てね。


気づいた?


「土」と「干」です。

上下の「鏡文字(逆さ文字)」になっている。

鏡文字といえば、其角「よめが君」の句が、キリシタンの鏡文字のことだと解釈していましたから、ピンときました。


それと、深沢の「スケルツォ」を解読したときに、回文形式の音楽があるというのに出会った記憶がある。



ありました。メヌエットです。↓


「交響曲第47番 (ハイドン)」
第三楽章をお読みください。



うたたね=転寝=転人=

揚屋=上げ矢 )←弓に斜め上向きの矢をつがえた形=


転寝=天神と読んで、キリスト教の神?

用=よう=影(ヨウと読むそうです)

土用干=土影干=鏡文字(逆さ文字)




 天神(Y)や上げ矢に似たる鏡文字(逆さ文字)



とはヤハウェでしょうか。

それとも、キリストが磔になっている姿?


ここまで深いと、もう解りません。


キリシタンの魔鏡は、光を当てて壁に反射させると、キリスト関係の絵や文字が表れる。

昔、家具メーカーの展示で見ました。銅鏡でしたね。


ヤハウェを調べたら、YHVH やYHWHが出て来ます。


キリシタンならアルファベットくらい知っていたでしょう。


小説の方で「よし」って出てきます。

ヨーゼフ・ハイドンヨーゼフ=ヨシア













by ukiyo-wasure | 2018-12-13 01:29 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

其角「帰雁 米つきも〜」キリシタンか!



「優しいサヨクのための嬉遊曲」の各章が其角の句に対応している気がして、第六章「無理の洗礼」を読んだら、この句?! 



 帰雁 米つきも 古里やおもふ



前に解読している。↓


其角「帰雁〜」前の記事


問題は「古里」…厳密に言うと「古里や」


前借りの遊女が、帰れない故郷を思っていると解釈した。

しかーし、其角大先生の心を思うと、甘かった!

そんな真意なら、ヒネる必要ないし。


「古里や」の「里や」=「りや」


ピンと来ませんか。

「古」を「ま」と読めば「マリヤ」になる。


「優しいサヨク〜」第六章が「無理の洗礼」。

無理=うり=U里=遊里になる。


「古」をじーっと見る。

上の「十」はクロスです。


「暗夜行路」のコロッです。


*すみません。時代が混乱してまーす。

江戸時代なので「十」=「とう=倒」ですね。


下の「ロ」=六

サイコロの六がコロッ=一=ピン=ヒン=馬=


「古里や」=マリヤ


 
 
 帰雁 米つきも 古里やおもふ


その心は、


 苦界に沈む遊女もマリア思う


by ukiyo-wasure | 2018-12-12 17:14 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

其角「山犬を〜」スゴすぎる!!


突然、閃きました。

この句は前にも「解釈」しました。

が、不十分でした。



 山犬を 馬が嗅ぎ出す 霜夜哉


 
能の「安宅」、歌舞伎でいうと「勧進帳」です。

「山犬」「山伏」と比べるとニンベンがない。

「偽山伏」ということです。

「霜夜」=下よ=ら=裸=あたか=安宅

で、「馬」を「鈴かけ」と解釈していた。

すごい適当だったと反省しています。

其角師匠は、そんなイイカゲンなことはしません。



義経一行が怪しいと睨んだのは富樫です。

富樫=と下四=と三=通さん


スゴいでしょ。関守だけに「通さん」


じゃあ「馬」はどうなるか。

=干支で「巳=蛇」の下です。

下蛇=かじゃ=冠者

狂言でおなじみ、太郎冠者、次郎冠者です。


Google先生に聞きましたら、狂言「伊文字」で太郎冠者が「通せんぼ」する場面がある。


こちらの方のブログにお邪魔して「伊文字」


太郎冠者=富樫ってことです!


さらに、お気づきでしょうか。

「にんべん」が足りない。


だから「伊文字」なのでーす。




こうゆうのも、ネットがあればこそ。

其角の句は、ただ考えても解らない。

和漢の古典やら何やらの教養が裏にあるからです。



でね、これが閃いたのは、

「優しいサヨクのための嬉遊曲」五章「キャンペーン」がヒント。


私の思い込みかどうかは解りませんが、この小説は「其角」の句に対応している気がして読み解いています。



キャン=犬 ペーン=変または偏

内容は、微妙です。そう思えば思えるし。気のせいといえば気のせい。

ただね……「和泉」とか出て来るし……。








by ukiyo-wasure | 2018-12-05 16:27 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

其角「身にしむや」の難解


「1973年のピンボール」と「優しいサヨク〜」其角つながりと書きました。


それで再び其角の句をパラパラしていたら、甘かった!

たとえばこの句。


 身にしむや 宵暁の 舟じめり


いろんな解釈が成り立ち、正解は今となっては解らない。

「優しいサヨク」が頭にあったもんだから


 32468 41暁の 274めり


と読めてクラクラしちゃった。


あれこれ考えた末、たとえばね、

数字はまとめて「数ばかり」=「カスばかり」

暁=虎の刻=と「ら下ね」こく=と「ら棄」こく=杜国

のめり=転び



 カスばっかり 杜国ころび



背景にキリシタンをイメージして読むとあり得る。

ここまでヒネる理由も、キリシタンならあり得る。


でも、ちょいと視点をズラすと「連句の席で、カスばっかでガクッ」とも読めるから悩む。




*追記

32468 41暁の 274めり

5・9・10なし=「極道為し」とも読めますね。

by ukiyo-wasure | 2018-10-30 11:35 | 古川柳・俳句 | Comments(0)