カテゴリ:歴史( 49 )

古典文学と皇室



「源氏物語」から「百人一首」などを解読していたらね、勅撰和歌集ってあるでしょ。

全然詳しくないのですが、日本の皇室は、時の権力者が変わっても、ずーっと継続してきました。

だから、古典文学などの保存については、文部科学省なんかより、頼りになるってイメージです。

深沢の「風流夢譚」も、例の場面だけが問題視されましたが、勲章を貰った「和歌担当」みたいなオッサンへの皮肉が感じられました。

この人は、皇族に和歌を指導するような立場なんでしょ。

たとえば「古今和歌集」の「古今伝授」など、皇室は持っている筈ですよね。

そう考えると、戦前は皇族華族の学校だった学習院は、「小倉百人一首」を平民と同じような解釈で教えていたのでしょうか。


「源氏物語」も「百人一首」も、真相は、いつの間にか解らなくなったのか、それとも「故意に」隠しているのか、そこが一番気になります。

 写楽だって、北斎が一番近いのに、いつの間にか斎藤さんが登場して、広辞苑にまで「斎藤説」です。

 写楽=北斎では、何か都合悪いんですか? 肉筆の絵具とか、科学的にいくらでも解析できるでしょ。

 谷崎が「細雪」という、現代の「源氏物語」ともいうべきものを書いて、皇室に献上した気持ち、解るなあ。


 文化は「みんなのもの」だから、政治や金儲けに汚されない「神聖にして侵すべからず」の聖域で守って欲しいと思いまーす。

 お金がすべての物事の、価値の尺度というのは、生物にとって餌がすべてというのと同じ。

 畢竟、畢竟、お金(餌)を求める=ゴキブリと変わらないじゃん。

 成功する=金持ちになる

 少年少女(特に男子)の皆様、この価値観は、いつどこで、誰によっての洗脳ですか。

 

 



[PR]
by ukiyo-wasure | 2018-08-01 01:07 | 歴史 | Comments(0)

明治維新150年、素朴な疑問。


日本史は、謎がいっぱいです。

その件は「解らない」というものがどっさり。

真珠湾攻撃の暗号「トラトラトラ」も、何でトラなのか解らないらしい。

さっきも、クロスワードを作っていて「雪舟」のカギを書いていたら。フト、疑問がわきました。

伝説ですから事実ではないでしょうが、

足の親指で鼠を描いたでしょ。

足で描いて上手い人は、手で描いても上手いの?

逆はどうなの?


ちょっと話、ズレちゃいましたね。



前に取り上げましたが、芭蕉の俳句。


  さまざまの事 思い出す 桜かな


村上春樹さんの「国境の南〜」を読みまして、


  洋服の ことをも言い出す おとどかな

と解釈しました。


芭蕉は1644〜1694の人ですから、「洋服」ねぇと、半信半疑です。

しかし、秀吉の時代にイエズス会と接触があります。

1600年ウイリアム・アダムスとヤン・ヨーステンが日本に来て、幕府に保護される。八重洲の地名の由来です。

この人たちはイギリス人

鎖国によって、江戸時代はオランダ語とポルトガル語しか入って来ていないみたいに言われていますが、ありえないでしょ。

絶対に、幕府内部では英語も研究していたと思います。

勝海舟たちはアメリカに行っているし。

そして幕末。

幕府にはフランス、官軍にはイギリスがついた。

結果として、官軍が勝ち、大政奉還です。

ここで「明治維新」西洋化しちゃいました。

さて、素朴な疑問です。

この写真。
https://ja.wikipedia.org/wiki/土方歳三


新撰組が「洋服」を着ている。

誰が仕立てたのでしょう。


万が一、幕府軍が勝利していたとしても、バッチリ西洋化していたと思いませんか。

芭蕉の時代から、西洋化は予定されていたことのような気がします。


最近の朝鮮半島関係の出来事も、昨日今日の成り行きではなく、もっと前からの筋書きがあるように感じます。

一般人は知らされていないだけで。



[PR]
by ukiyo-wasure | 2018-06-17 01:50 | 歴史 | Comments(0)

「君が代」の素朴な疑問


川端の「ちよ」をパラパラ読んでいました。

何たって、本人が「封印」しろと遺言したのに、全集に入っちゃった作品の一つですから。

超アヤシイ。たぶん谷崎が書いた。

川端は晩年、「何か仕込まれた」感がして気持ち悪かったと思う。

「ちよ」については、いずれじっくり解読します。


今回のネタはそこじゃない。


「ちよ」というタイトルが、どうも「君が代」に関係している気がして、アレコレ考えていたら、素朴な疑問がふつふつ。


「君が代」の本歌はコレです。



 わが君は 千代にやちよに さざれ石の
       巌となりて 苔のむすまで



「古今集」の分類では「祝歌」でしょう。



解釈はこちら。
https://tamegoro.exblog.jp/26821828/


素朴な疑問とゆうのは、


 このまんまで良かったじゃん!

 何で直したの?



これから「天皇制」でガッチリ固めようって時です。

「わが君」=天皇。小細工の必要まったくない。



前にね、「武士道」がキリスト教の「殉教精神」そっくりだと書きました。

違うところは…武士道では「忠義」をつくす対象が「この人こそ」と、選べることです。会社を選ぶほど自由ではないでしょうが、秀吉のように「こいつはアカン」となったら主君を変えられる。
「任侠道」で盃を返すみたいなもの?


明治維新で忠義をつくす相手は唯一、天皇としなければならない。

キリスト教徒にとっての「神」です。

上手いこと考えたなあと関心いたしました。

さすが「言霊の国」です。

「わが君」を「君が代」に変えたらどうなるか。


君が代=「いろは歌」の「き」と「み」の余(いらない文字)

つまり「捨てた文字」=「ゆめ」

=む=「まみむめも」で「下み」=神


「君が代」の歌は、こうゆうことに、


 神は千代に八千代に〜



まるで「賛美歌」の歌詞のようになっちゃうのでした。



[PR]
by ukiyo-wasure | 2018-06-15 15:00 | 歴史 | Comments(0)

魯山人と谷崎


魯山人が大好きでーす。

だから「美食倶楽部」が谷崎の小説から取ったということを知り、不思議な縁(えにし)を感じました。

ベンジーが好きで、椎名林檎さんも好きで、そうしたら、林檎さんもベンジーのファンだったという。

こうゆうのは、よくありますよね。

コレが好きな人って、大抵こっちも好きってゆう。

魯山人の「星ヶ岡茶寮」ね。三島の「春の雪」にも、さりげなーく、入っています。

うーん、そんなことは置いておきまして、魯山人と谷崎をつなぐものは何か。

私の勝手な妄想ですが。

キリスト教かもなあ……って思う。

新渡戸稲造をウィキで見ると、谷崎とツーショットの写真がある。

キリシタンというのか景教というのか解りませんが……。

今は西暦2000年越えですから、話は超大昔。

和歌や俳句を解読していたら、何となくね、平安時代より前にキリスト教が入って来ていた気がするのです。

禅宗とか山伏も怪しいけど、神道がそうじゃないかって感じ。

「いろは歌」は「咎なくて死す」。これキリストのことじゃね?


魯山人のお父さんは賀茂神社の神職の人でした。

「賀茂」を、和歌の解読方法を当てはめると「下も」

「いろは歌」だと「下も」は「せす」


  せす=ゼウス

でね、明治維新になったでしょ。

すると廃仏毀釈。

一気に西洋化して、仏教を棄て神道を残した。

神道=キリスト教(景教)なら、納得できる。

だって、イギリスがバックアップしたんですから。

皇室の乗り物、何で牛車じゃなくて英国式馬車なの?

……って、思ったり。


あーあ、文才があったら古代ロマン小説が書けるのになあ……。





[PR]
by ukiyo-wasure | 2018-04-26 03:38 | 歴史 | Comments(0)

聖徳太子って何者?


かつての一万円札の代名詞、聖徳太子さんが歴史教科書から消えるそうで。

私の妄想では、キリスト教関係の人物だと思います。

キリスト教は、古代、中国経由で入って来ている気がします。

「源氏」を解読したら、紫式部も影響を受けている感ありです。

聖徳太子の「未来記」は聖書かなあと思う。

コケシやオシラサマもキリスト教っぽい。

日本は、世界文化の吹きだまりとなる位置にあります。

西から来て、東は太平洋。

先がないから、文化や宗教の掃き溜め状態。

正倉院にはイランのものだってあるんだから。

戦国時代にまたキリスト教が来ましたが、その頃は、景教は禅宗とか、そんなものに姿を変えていたのでは。

明治になって、知識人の多くがクリスチャンになったでしょ。

これは、もともと素地があったとしか思えません。

そうして、こうゆうことは「秘すれば花」。

表の歴史には残らないようにしていると思う。

恋の歌に見せかけて……万葉集などに残されているかと思う。



追記

北斎を考えると、空海もキリスト教関係かなあと思う。

[PR]
by ukiyo-wasure | 2018-04-11 17:52 | 歴史 | Comments(0)

武士道とキリスト教


いきなり難しい論文みたいなタイトルですが。

「源氏物語」が、表向きは恋愛小説で、裏は「死」の物語だと書いてきました。

当時の災害による死体累々の状況や、末法思想もあってのことかと思っていました。

が、ここに来て、もしもキリスト教(景教)がベースになっているとしたら、死は恐ろしいものではなく「神の国」へ行くことだという解釈になる。

あれあれ?これって「武士道とは、死ぬことと見つけたり」と、そっくりじゃん。

「武士道」といえば……新渡戸稲造さん。

ウィキで調べたら、クリスチャンなのね。


古代史研究家の皆さん、あり得ないこと?




追記 

「葉隠れ」の鍋島藩もキリシタンと関係が深いみたいですね。

 


[PR]
by ukiyo-wasure | 2018-01-17 12:10 | 歴史 | Comments(0)

北斎の雅号卍は、隠れキリシタンのシンボル


という記事をネット上で発見。

北斎がキリシタンだという説、あり得ますねぇー。

北斎=写楽として、

写楽の絵にはやたら「十文字」が多い。大小の刀が交差していたり。

ずっと昔、源氏物語も其角も、まったく理解できていなかった頃ですが、この二枚の絵の構図がそっくりだと思ったことがありました。


写楽の相撲絵
b0230759_14412299.jpg

12世紀「ラ・セウ・ドゥルジェイの板絵」

b0230759_14413394.jpg


追記 2018.1.4


まわしの「大童山」という文字。オナカの下に食い込んでいます。

こういう小細工が、写楽(北斎)は絶妙。


山=ヤマの下だけ見えているから「ま」

童=下の里だけ=「り」

大=おお


「まりおお」を英語っぽく発音してみると「まりあ」。


……考え過ぎ?




[PR]
by ukiyo-wasure | 2018-01-03 14:48 | 歴史 | Comments(0)

密教はキリスト教か


仮説でございますが、其角、あるいは芭蕉一門がキリシタンだとすると、行尊や三井寺などが、どうも怪しい。

一般の仏教の僧については、百千鳥などといってバカにしている。

確かに、僧の多くは、こっそり奥さんを持ったり、魚を食べたり、遊郭に行ったり、寺銭で儲けたりですから、一般人からみても「俗だなあ」だったと思います。

そんな中、行尊については「饅頭でたずねよ」ですからね。
別格なのでしょうか。

キリスト教といっても、平安時代より前に入ってきた景教で、これが密教に変装したとしたら、納得です。

想像が飛躍しますが、紫式部も景教だったのでは。

「源氏物語」を読んでビックリしたのは、権威をバカにし「民の利」を優先すべきという発想です。裏読みしないと解りませんが。

ざっと、まとめると、景教は密教や山伏信仰に姿を変えたのでは。

式部や定家のことを考えると「藤原氏」が関係している気がします。

「おくり火や定家のけぶり十文字」ですし。


また、義経一行が平泉に逃亡したルートがよく解っていないらしい。

景教のネットワークだったら納得です。

「奥の細道」の、東照宮での「あらたふと」の句。家康を讃えているようで、じつは「左甚五郎」を詠んでいる。

この人も正体不明です。「見ざる、聞かざる、言わざる」は、まさに密教。

其角の句は、後に入ってきて、殉教を奨励したようなキリスト教を、冷めた目で見ているようにも感じられます。


日本史研究家の皆様、ぜひ俳句や和歌も読み解いてみてください。



[PR]
by ukiyo-wasure | 2017-12-29 14:32 | 歴史 | Comments(0)

「平家物語」の安倍宗任


 小池さんが注目の的で、安倍さん、すっかり忘れられてまーす。

 安倍さんの先祖が「平家物語」でおなじみの安倍宗任だそうで。

 有名な場面がありますよね。以下に引用します。


「吾妻の夷、さこそはをかしく侍らめ、いざ行きて笑はん」
とて梅花を一枝手折りて、
「宗任、これは如何に」と問ひければ、
宗任取りあへず、
「我が国の梅の花とは見たれども大宮人はいかが言ふらん」
と申したりければ、皆しらけてぞ帰りける。


 この場面、岩波の「剣の巻」にはないのね。印象深い場面なので、どこで知ったのかと考えてみたら朗読のCDでした。

 安倍宗任さんのパパが、貞任さん。この人は首を切られちゃう。で、びっくりなのがこの記述。引用します。

 貞任が長九尺五寸、宗任は遥かに劣りて六尺四寸ぞありける。


 えーと、一尺が30センチちょいとして、九尺って、2メートル70センチか。ありえへーん!

 安倍首相のご先祖は、ノッポ過ぎでーす。

 ま、何かの間違いでしょう。

 それでね、安倍宗任さんですが、現在の山形にいた蝦夷ですが、以下引用します。

 筑紫へ流されたりけるが、子孫繁昌して今にあり。松浦党とはこれなり。

 瀬戸内海の水軍、ストレートな表現をしますと海賊ね。これになるのでございます。

 いやあ、日本史ってミステリアスだなあ。

余談になりますが「源氏物語」的解釈をしますと、

 梅花を一枝手折りて、「宗任、これは如何に」と問ひければ、

こう答えて欲しかったなあ。

「ああ、わが国では梅というけど、チミたちはスミレのこととかいうんだべ。梅の枝だから『』でよー。『いつも』って意味で、出雲から相撲が始まったらからスモウトリグサでスミレだんべ。そのぐらい、わがってらーな」


「源氏物語」の「梅枝」はスミレ。寝酒の勢いでバラしちゃいました。

[PR]
by ukiyo-wasure | 2017-10-01 02:43 | 歴史 | Comments(0)

ヤクザと拝火教


 「源氏物語」に双六が出てくるので、雄山閣「やくざの生活」を読んでいたら、また、やくざは拝火教を信仰しているという記述が出て来たのです。

 前に加太こうじさんの「日本のヤクザ」を読んだときに、同じ話が出て来て、えーっ、嘘でしょと思ったのです。

 拝火教って、世界史で習った気がしますが、ゾロアスター教ですよ。

 なんでやねん!

 つらつらと読んでいくと、泥棒(タギス)についてこんな記述が。

 

 アダ系統すなわち大隅・薩摩の前名の阿太の神であって、アッシリアの雷電の光をいみするアダからきている。

 これらの神は、特に犯罪者の神というわけではないが、生駒山聖天で、その民族がどこから来たかがほぼ解る。

 次の暗号は、アッシリア並にユダヤからきたことを示す、古代伝統のものといえる。


b0230759_00590869.jpg
えーっ、アッシリアってどこですか。

ウィキで調べたら、古いのなんの、滅亡した帝国とか出てくるし。

そして、松本清張が「火の路」という、日本にゾロアスター教が伝わったという話を書いているんですね。

[PR]
by ukiyo-wasure | 2017-09-26 01:11 | 歴史 | Comments(0)