カテゴリ:詩・文芸( 520 )

「スプートニクの恋人」第7章は「完全な遊戯」か


「スプートニクの恋人」は石原慎太郎さんの小説について書いているという仮説のもとに読んでいます。


第7章は「完全な遊戯」でしょう。


前の記事でご確認ください。


エーゲ海=映画会または映画界。


色は不自然で、細部はぎこちなかった。背景ははりぼてで、星は銀紙でてきていた。接着剤や釘の頭が目についた。


古い時代の記録映画のように〜



すみれの失踪の意味は。

瑠璃色は紫がかった紺。すみれ色は、青みを帯びた紫。

とても近い、紫系の色です。


「完全な」は「完全なる」の「る」がなくなっている。


 瑠が消えた=すみれが消えた


こんな意味かと。


電話の切れ方や雑音は、昔、映画のフィルムが途中で切れたりするイメージです。

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by ukiyo-wasure | 2018-02-23 22:05 | 詩・文芸 | Comments(0)

「スプートニクの恋人」第5章は「処刑の部屋」か


「スプートニクの恋人」は石原慎太郎さんの小説について書いているという仮説のもとに読んでいます。


ところが、石原さんの小説は「太陽の季節」「完全な遊戯」の文庫本しか読んでいない。「スプートニク」は16章あります。

これはキツい。1、2章は解りましたが、3、4章は不明。

第5章でやっと、思い当たるものに遭遇。


「処刑の部屋」です。じつは映画の撮影というオチ。


前の記事でご確認を。
https://tamegoro.exblog.jp/27014787/



「処刑の部屋」から引用します。


横たわったまま、気を落ちつけるためにゆっくり十数えた。
「ーーー八つ、九つ、十」



「スプートニクの恋人」から引用します。

肺に新しい空気を送りこみ、目を閉じ、そこにある暗闇の中でゆっくりと数を数えた。

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by ukiyo-wasure | 2018-02-23 14:41 | 詩・文芸 | Comments(0)

「スプートニクの恋人」のミュウはポケモン?


「スプートニクの恋人」が届きました。


小惑星の恋人=小学生の恋人=アニメ

という仮説のもとにパラパラしたら、さっそく目に飛込んだのがミュウという名前。

何ですかこれは。ポケモンですか。超ウケる〜。

すみれさんは「魔法使いサリー」で、すみれさんのパパはブラック・ジャックじゃん。


すみれさんのパパは、超イケメン歯科医の設定です。

引用しまーす。

彼は診療所ではキャップを深くかぶり、大きなマスクをつけていた。


マスクはともかく、歯医者さんは手術用のキャップをかぶる?


あくまでも、アニメ=「鱶女」ね。


茅ヶ崎の海辺の家が登場しますし、これはビンゴかな。




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by ukiyo-wasure | 2018-02-22 16:39 | 詩・文芸 | Comments(0)

北斎が描いた「花さそふ〜」の真実


北斎「乳母が絵解き」です。


96番・入道前太政大臣。定家先生の義弟です。


  花さそふ 嵐の庭の 雪ならで
   ふりゆくものは わが身なりけり



学校では教えない解釈はこちら。
https://tamegoro.exblog.jp/26863569/


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掃いても掃いても、風が吹けばまた散る。

困っちゃうなーと、風を恨んでいる。

ったくもう、風下の苦労も知らないで!


  風下の苦知らず



下の苦知らず=下の句知らず=絵札(読み札)


江戸時代の「百人一首」は、絵札には上の句だけだったそうです。




  風絵札=数え歌

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by ukiyo-wasure | 2018-02-22 00:31 | 詩・文芸 | Comments(0)

「スプートニクの恋人」ってアニメ?


ふっと閃きました。

「スプートニクの恋人」、まだ届いていませんが、これまですべて題名に答えがありました。

スプートニク=小惑星。

小惑星の恋人=小学生の恋人


ロリコンの話?


いやいや、恋人が小学生じゃなくて、小学生が愛している物のことでしょう。

で、浮かんだのが石原慎太郎さんの「鱶女」。

これが「ワニ女」と読んで「アニメ」でした。


ああ、イヤな予感……。





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by ukiyo-wasure | 2018-02-21 02:13 | 詩・文芸 | Comments(0)

「国境の南、太陽の西」 最終章は「蛸壺や」


ということで最終章は、

 
  蛸壺や はかなき夢を 夏の月


これも意味不明な句です。

でも、解りました。村上春樹さんのおかげです。


蛸壷=タココ タを七夕の夕と読む。七の下で六。

タココ=655=足すと16。

蛸壺や=十六夜


はかなき=若菜・記。

「源氏」の「若菜」は「我が名」で「光」。

すなわち「太陽・日」を表しています。

はかなき=日記


=「いろは歌」で「み」の上=身の上・身性


夏の月=夏の次=秋/秋がくる。飽きがくる。醜。臭。



  十六夜日記 身性 クサし


百人一首の「秋の草木の/飽きの臭きの」を思い出します。



小説では「十六夜清心」も入っています。十万円を盗んだのは、鬼薊くんってことで。


小説のラスト、引用します。

 誰かがやってきて、背中にそっと手を置くまで、僕はずっとそんな海のことを考えていた。


 誰だと思いましたか。

「ダンス・ダンス・ダンス」のキキではないでしょうか。

キキ=2キ=日記と読ませた章がありました。

五反田くんの手がキキの背中にある映画のシーンが、度々出てきました。

ハルキストの皆様、ぜひご確認を。


いずれにせよ、「源氏」が読めてないと芭蕉も其角も、村上春樹さんの小説も読めないということです。



さて次は「スプートニクの恋人」。さっきAmazonしました。

これは皆目見当がつきません。

まだまだ芭蕉が続くのか。

それとも、戦前戦後の文壇のインチキの暴露か。楽しみです。



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by ukiyo-wasure | 2018-02-20 12:28 | 詩・文芸 | Comments(0)

「国境の南、太陽の西」の第6章が「秋深き」


「国境の南、太陽の西」の第6章で、やっと出ました!

 
 秋深き 隣は何を する人ぞ


裏の意味はこちら。
http://tamegoro.exblog.jp/27062734/


小説の方では「気になって」尾行、喫茶店で様子をうかがいます。

最後、どうゆうわけか「お金」になる。


お持ちの方、ご確認を。


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by ukiyo-wasure | 2018-02-18 19:43 | 詩・文芸 | Comments(0)

「国境の南、太陽の西」の第2章が「古池や」


「国境の南、太陽の西」ですが、超難しい!!

「奥の細道」は場所柄などから推理できました。

芭蕉の有名な句で「裏」を解いているのは「古池」「雪見」「秋深き」くらいのもので。


「国境の南、太陽の西」の第3章で、ここまでやるか芭蕉!状態。



たとえば「旅」

これを「足袋」と読めば、お足(お金)を入れるものだからサイフになるなあ……と考えたこともありました。


第3章はこの句だと思います。


  旅人と 我が名呼ばれん 初時雨


足袋=サイフ。当時ですから紙入れとか巾着です。

これが、キンチャクと読んで、「イソギンチャク」の「イソがない」とくる。

「急がない」人になっちゃうのです。


小説に出てきましたよね。「急がないで」と。

「我が名」とは芭蕉。と、行きたいところですが「松尾」の方。

「急がない人」ですから「待つ方」なのです。


状況は廓。吉原みたいなところ。

「時雨」も色々に化けます。四がグレて目。「初見」でしょうか。

花魁に初めて会うことです。

名前が「待つ方」だから、なかなか来ない。

落語でおなじみです。お金だけ払って朝まで来なかったりする。


小説の方は「菅原伝授手習鑑」も出て来る。

松尾ではなく「松王」です。

叔母さんの「手洗い(手習い)」を「鑑みて」イズミちゃんは脱出します。


本をお持ちの方、ご確認ください。








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by ukiyo-wasure | 2018-02-18 02:59 | 詩・文芸 | Comments(0)

「雪国」よ、お前もか。


「ダンス・ダンス・ダンス」が山頭火の句をテーマに書いているということで、一応読み終わったのですが、第42章が「雪国」のこと
書いていると思われ、繰り返し読んでいます。

「雪国」を一読したかぎりでは「源氏物語」のスカシが入っていることが解りました。「みづうみ」と同じです。

けれど、それだけじゃない気がしています。


「雪国」は連載小説で、それぞれに題が付いています。


1935年(昭和10年)
 「夕景色の鏡」 - 『文藝春秋』1月号
 「白い朝の鏡」 - 『改造』1月号
 「物語」 - 『日本評論』11月号
 「徒労」 - 『日本評論』12月号

1936年(昭和11年)
 「萱の花」 - 『中央公論』8月号
 「火の枕」 - 『文藝春秋』10月号

1937年(昭和12年)
 「手毬歌」 - 『改造』5月号


前の記事で小野小町「花の色は」を取り上げました。

「いたずら」=鏡でした。

逆に考えると、鏡=イタズラにもなる。


「夕景色の鏡」「いたずら」と読むとね、「いたずらもの」ネズミの別名、そして鼠=泥棒。

深沢の「江戸風ポルカ」にも、「この、いたずら者」と娘を泥棒と間違える父親が出てきます。

冒頭の列車内で、人差し指を曲げてみて云々という描写があります。

とってもHな連想を呼ぶ描写です。

そう思わせておいて実は「指をカギ形」で泥棒を表していると思われます。

それで匂いを嗅いだりする。これ、「伊豆の踊子」の薫のイメージです。

「夕景色」は「湯気色」と読めるし。夜汽車の窓が曇るのは、まるでお風呂場の鏡が曇るのに似ています。

「夕景色の鏡」とは「板間かせぎ」かと。

そうなると「白い朝の鏡」は「枕さがし」で「物語」は「騙り」

まだ勘の段階ですが、「伊豆の踊子」が「筆の盗人」と読めたように、真の作者が、読む人が読めば解るような「仕掛け」をしたのではと思われるのです。

代作は双方が納得してやるわけですが、代作者が借金やら何やらの事情で断れなかった場合、後世の読者にメッセージとして残したのかもしれません。

ノーベル賞作家に大変失礼な疑いを掛けているわけですが、深沢の小説を深読みし、彼が「川端賞」を辞退した理由が「殺生なことはできない」と、極めて意味深の発言をしたのを考え合わせると、あり得ると思うのです。

代作者は「伊豆の踊子」と同じで、谷崎かなあと思う。

太宰はこのとき26歳。……うーん、どうなんでしょう。

いずれにしても、発表された時点で、谷崎は置いておき、太宰、山頭火、中也、伊馬鵜平、荷風、深沢は確実に仕掛けに気づいていたはずです。

泥棒関係が盛り込まれているのではと思ったのは「ダンス・ダンス・ダンス」43章の「簡単だ」「すごく簡単だ」からです。

「邯鄲師」=「まくらさがし」


「雪国」関連でいくと、最初の方は「トンネル栽培」。トンネル形のビニールハウスです。「泣く」「涙を流す」は「水やり」。「殺す」という物騒な言葉は、野球用語と考えて「トンネル」。キキと主人公が壁を通り抜ける場面は「トンネル効果」を表していると思われます。

この章は、まだまだメタファーが多くて謎だらけです。

興味のある人は、そういう視点から「雪国」を読んでみてください。引っ掛かる部分がたくさんあるはずです。







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by ukiyo-wasure | 2018-02-16 21:40 | 詩・文芸 | Comments(0)

「雪国」モ〜笑っちゃう


「雪国」のココもウケました。引用します。



 駒子はそっと掌を胸へやって、

「片方が大きくなったの」

「馬鹿。その人の癖だね、一方ばかり」

「あら。いやだわ。嘘、いやな人」と、駒子は急に変わった。

これであったと島村は思い出した。

「両方平均にって、今度からそう言え」

「平均に? 平均にって言うの?」と、駒子は柔らかに顔を寄せた。



Hな話と思わせておいて「牛」でしょう。

「源氏物語」では「総角」=牛です。



この駒子さん、どっかで逢った気がしたと思ったら「ノルウェイの森」の緑さんに雰囲気似ているなあ。

何度も書きますが「ノルウェイの森」=「細雪」ね。

「細雪」の動物は「源氏物語」と共通するものが多い。狐や狸、ウサギ、蛇など。

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by ukiyo-wasure | 2018-02-14 20:28 | 詩・文芸 | Comments(0)