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「永遠の仔」は「富嶽百景」第一章(1)

第一章からはどうなっているのか。

当然ですが順番でなくなっていますね。


第一章(1)がこの二枚(75.76)


「源氏」の「帚木」で「オキナグサ」を表している。

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小説の方は、女の子が大人になり看護士になっている。

老人の病棟を担当。

患者の中に「赤ちゃんがえり」をした老人がいて、彼女をお母さんと思い込んでいる。

これが76(下)の絵。前にも解説しました。


ココに注目。

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後のお坊さん、ノッポです。


「大きな僧」=オキナ草


小説では、子どもに返った老人=大きな坊主



場面は看護士の家庭に変わる。

弟と母親がケンカ。花瓶が割れる

母親は破片を手で片付けている。


75の絵は「倒れた竹」に注目。


何と読むか。


「起きな(さ)そう」=おきな草


お解りですよね。小説の方は、


「ホウキなさそう」=おきな(さ)草



余談ですが、


「起きなさそう」と「起きなそう」、どっちが正しいんだ!

って思ったことありませんか。







# by ukiyo-wasure | 2019-05-26 21:47 | 詩・文芸 | Comments(0)

「永遠の仔」やっぱ「富嶽百景」だった!

前の記事に書きました。

平野啓一郎「モノクロウムの街と四人の女」散りぬるを


図書館で第一巻だけ借りて来ました。

「序」を読んだだけで、バッチリでした。


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最初しか読んでいませんが、三人が険しい山(霊山)に登る。

行者が登る様な道を敢えて選んだ。

が張ってありそれを伝って行く。

頂上に着くと少女は「光る人」を見る。

そこに突然「サングラスをかけた男」が現れ、「あれは君自身の姿」だと言う。

ブロッケン現象というものらしい。



これだけでもうバッチリ。

「富嶽百景」は「源氏物語」です。

「源氏物語」は「死因」の物語。


「永遠の仔」の「序」は「富嶽」の最初です。

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この三つの絵で「蛇」を表している。


順番にいきます。

1. 「女神」は「鏡」を持っている。

 「鏡持ち」=鏡餅

 鏡餅は「白い餅」を「大小」重ねます。

 白大小=青大将

 昔は青=白。実際の色ではなく、未熟というような意味。


 小説の方にいきなり登場した「サングラスの男」が「青大将さん」かと。

 
 超古いネタですが、


これが「青大将」田中邦衛さん



2. この人に注目。
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 「讃書かし」=山かがし

 「かがし」は蛇の意味だそうです。

 だから「山蛇」=三者

〈男は少女に人差し指をつきつけ〜〉という表現も。


3. 役(えん)の行者です。

 少年たち同様、険しい道を通って頂上を目指す。

 
 「役の行」=円の行=輪の連なり=

 「者」=じゃ=

 「クサリヘビ」を表している。

 マムシもクサリヘビの仲間なんですね。



サングラスの男を突然登場させて、すぐ消してしまうところなど、メタファーだなあって思います。


五冊ありますが、Amazonして答え合わせをしようと思います。



北斎といえば「富嶽三十六景」もあります。

「海辺のカフカ」がコレなんですが、読んだ頃は北斎がどんな人かあまり知らなかった。「歌舞伎」がテーマだということだけ解っていた。

あとは「三十六景」が「逃げる」に掛かっているのかなあ…程度。


時代背景を考えると、富士=武士とも思える。


「百景」も、百=桃=逃。「逃げ」と読める。


「武士道とは死ぬことと見つけたり」とかなんとか、カッコいいことを言って、農工商の上に立っていたのに、黒船からは「逃げた」ってことか。


戦がない時代が続くと、いくら武士でもねえ、労働しなくていい分ヒマでしょうから。若者はチャラチャラしちゃうのは当たり前ですよね。




それと、「散りぬるを」は太宰の代筆ってことでしょうね。


「禽獣」も太宰だと思うから、川端のあの態度は絶対に許せないよね。わかるわかる。


  



# by ukiyo-wasure | 2019-05-26 13:41 | 美術 | Comments(0)

「あん」お婆ちゃんたち狐狸でしょ!続き

彼女たちが狐狸だって、誰も信じないでしょうね。

「楢山節考」も「憂国」も、先入観に支配されて他の視点が失われる。

「あん」を読んでウルウルした人も多いでしょう。


それが作家の「腕」なのです。



例えば、お正月明けに「ぜんざい」を食べるシーン。


「これはうちの製菓部の伝統で……毎年、お正月には振る舞うの」



トクさんが亡くなって部屋で森山さんが言う。


「製菓部ねえ。もうこの十年はほとんど活動していませんから」



他にも、トクさんから聞いた夫のイメージとツーショット写真のギャップとか。


ちょこちょこと「怪しい」表現がある。



私は「疑いの」視点で読んだから目についただけなのでしょう。


だから、三回読んだのに、コレには気づきませんでした。


今になって、悩む。



小豆って、水に浸さないで煮ませんか?

プロ中のプロは浸すの?




*追記

引用します。


 厨房に入ると、昨晩から水に漬けておいた小豆がボウル一杯にふくらんでいた。
(中略)

 一晩水に漬けたことで重量は倍を越え、四キロ強になっている。



こちらどうぞ。


「小豆」は吸水しにくい

# by ukiyo-wasure | 2019-05-25 14:49 | 詩・文芸 | Comments(0)

平野啓一郎「フェカンにて」KHとは誰?

「フェカンにて」ですが、これもワケワカメ。


ここは勘でいきまーす。


「にて」といえば、三島由紀夫「岬にての物語」。


KHというイニシャルが出て来る。


普通に考えると、ヒラノ・ケイイチロウ。



ヒネクレて考えると、ヒラオカ・キミタケ。


おお!イニシャル一緒なんだ。



となると、「岬の物語」欠き(書き)。



「岬の物語」って何だ?



うーん、思い当たるものがあるかも。


解ったらそのうち書きます。






# by ukiyo-wasure | 2019-05-25 02:50 | 詩・文芸 | Comments(0)

平野啓一郎「クロニクル」ねじまき鳥はないけれど……

「クロニクル」といえば、村上春樹さん。


つまり、こうゆうことです。

北斎「遊女」驚愕!の真相!!


北斎も、芭蕉ネタが結構あります。



平野さんの「クロニクル」を読みましたが、ちょっと解りません。


「父」と「子」という2章に分かれていて、「父」=Pの話、「子」=Jの話。


父だからパパのP、子だからJr.のJと、普通は納得。


「ねじまき鳥」=鳩=ピジョン=美女


「慈善」で、はローマ字でJIなのかGIなのかってありました。


ピジョンのスペルはGです。でも美女となるとJかなあ……。


「父」の章は、妊娠した子を中絶した話。間引きに通じます。


「子」の章は、キックボクサーのJが「口がきけない」。


「語られぬ」に通ずる。


「父子」が「富士」に通じて、北斎のイメージもあります。


が、その先が読めませーん。


興味のある方、考えてみてください。






# by ukiyo-wasure | 2019-05-25 01:59 | 詩・文芸 | Comments(0)