2018年 09月 25日 ( 3 )

朝吹真理子「流跡」フローチャート!


2009年、デビュー作だそうです。

読んだ人、どうでした?

最後まで読むの、シンドイ感じしませんでした

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冒頭に「読んでいるのに、まったく頭に入らない文章」のことが出て来る。

そして、変な世界へ導かれる。

寝る前に読んだら、すぐに寝ちゃいました。

翌日ね、ああ、これは!

同じ感覚を味わったことがあるゾ。


三島由紀夫「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」

改題前は「夜の車」

三回読んでの結論=「解らない」ということが「解った」

↓ 解説です。
https://tamegoro.exblog.jp/28364858/



「流跡」の最初に「蘭陵王」の舞いが出て来る。

三島を連想させるためでしょう。

「夜の車」と同じスタイルだと理解しました。


まず、題名の解読


 流=フロー  跡=アト=ート


「フローチャート」の「チャ」が無い。


 流跡=無茶


読んだ人は解ると思いますが、支離滅裂。

まったく「無茶苦茶」な小説です。

途中、読み続けるのが苦痛になりました。

まさしく三島の「夜の車/狂気かー」と同じ。



曲がり角の多い道、川の流れ、合流、茶、風呂……フローチャートをイメージさせる記述が随所に出てきます。


この「だまし」のテクニックは、難しい言葉(漢語)、古典によく出て来る一般的でない言い回し外来語、専門用語等を多用する。

三島の評論文みたいな感じ。

読み終わって、結局何が書いてあったか解らないというパターン。

西村賢太さんがよく使う「どうで」まで登場しました。

「きことわ」と比べると、ああ、故意にやっているなって解る。


世の中には、こうゆうのを「ありがたがる人々」も多い。

「解らない」と意地でも言いたくない人たち。

落語にも登場しますよね。



「夜の車」は谷崎の代作だと思うけど……いわば「反則ワザ」。

処女作で、これやるんだ!!




*追記 2018.9.27

三島に「夜の仕度」があります。
これの解釈をノートで確認したら、


夜=ナイト=騎士
の=下ひ=かい
仕度=下く=書く


 夜の仕度=気違い書く


と解読していました。

「夜の」は「狂気」とも「気違い」とも読めちゃう。


「夜の車」の記事の方にも追記しておきました。




*「夜」=「狂」なら、これでしょ!!


友川カズキさん作詞・作曲「夜へ急ぐ人」
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by ukiyo-wasure | 2018-09-25 20:44 | 詩・文芸 | Comments(0)

私小説って何?


ずっとね、私小説といえば太宰くらいしか知らなかった。

作家の私生活を日記のように書く。

貧乏、病気、失恋、心中、変態……まあ、そんな感じ。

不幸自慢です。

これがないと面白くない。

と、考えていました。

でも違うんだって、最近、目からウロコ。



「私小説」とは、ジャンルでしかない。

たとえばね、悪い奴を最後メッタ斬りにしてスカッ!というテーマで書きたい場合、どういう設定がいいか考えるでしょ。

現代だと、思いっきりドスでバッサバッサとはいかない。

時代劇かヤクザ物にしようかなあって思う。


こういう発想は別に「ヤクザ」を描くことが目的ではない。

高橋弘希さんに「なぜ戦争を描くのか」って質問ね。

「やれやれ」でーす。

西村さんの小説のレビューで、一般人が、秋恵さんの両親から借りたお金を返さないのが許せない!ってあって、超ウケました。

編集者も同じレベルというのが何とも……。


テーマがあって、どのジャンルが最適かというところで「作家の日常という演出」、これが私小説だと思いまーす。

だってね、藤澤の「根津権現裏」は、私小説というジャンルで読ませて、じつは「昆虫」なわけですから。


「唐獅子牡丹」は悪い奴を最後やっつけてスカッ。ヤクザ世界を描くことが目的じゃない。


余談ですが、「唐獅子牡丹」の歌ね。

義理が重たい男の世界〜♪とカラオケで歌って、長い物に巻かれるイイワケにするのは、鬼カッコ悪い。

重たい義理を捨てて、最後は「人情」を取るからカッコいいのでーす

ストーリー、全部そうでしょ。

「義理に負けたな!」っていうセリフ、印象的です。


現代なら「金に負けたな!」って感じでしょうか。




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by ukiyo-wasure | 2018-09-25 03:08 | 詩・文芸 | Comments(0)

朝吹真理子「きことわ」姉弟の恋愛!


前の記事で「きことわ」=鬼子とは

鬼子とは、親に似ない子の意味です。

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読まないと解りにくいと思いますが。

ブログやAmazonのレビューに、解りやすい「あらすじ」を書いている人がいると思いますので、そちらも参考に。


「きことわ」は貴子(きこ)と永遠子(とわこ)の名前から取っている。

*私は逆で、「きことわ」が先にあったと解釈していますが。



車の中から始まります。(回想シーン)

運転席に春子(貴子の母/この時点33歳)

助手席に春子の弟、和雄(32歳)

後部座席に、

貴子(8歳/小三)

永遠子(春子たちの別荘の管理人淑子の娘/15歳)


永遠子が狸寝入りをしている。

と、春子が、


「ふたりとも眠ったのかしら」


このフレーズ、二回出て来る。

冒頭から、姉と弟がアヤシくなる。



別荘は葉山にある。

毎夏、姉と弟でやって来ている。
二人の荷物……本やレコードが置いてある。

春子が医師と結婚し、貴子が産まれると三人で来る。


*和雄君、他に遊び友だちいないのか……。


管理人の娘である永遠子は、母親抜きで別荘に来て、毎夏、貴子とは歳の離れた姉妹のように過ごす。

春子の夫、つまり貴子の父はなぜか別荘にやってこない。

読み進んで行くうちに、貴子は、じつは姉弟の間にできた子ではないかって思ってしまう。


「スイミングスクール」の世界です。

「スイミングスクール」についてはコチラ。


時は現在に移る。25年後。
春子は心臓病で急死。以来、貴子は別荘に来なくなった。

永遠子は結婚して40歳。小3の娘「百花」がいる。

*和雄はまだ独身。


百花が赤ん坊の頃の「夜泣き」のエピソード。

永遠子は、自分は夜泣きをしなかったと、母から聞いたという。

夫も、自分は夜泣きをしなかったと親から聞いたという。

ここで「親に似ない子」というヒントが出ている。


ピンと来る。

永遠子は、理科や数学などに興味を持つ「リケジョ」として描かれている。

これ、誰に似ているかというと和雄


他にもヒントや伏線がありますが、


 永遠子こそ、春子と和雄の娘。



18歳と17歳の姉と弟が、別荘に来ていて関係を持ち妊娠。

産まれた子を淑子夫婦が引き取った。

これが真相だと思います。

姉弟の子が貴子だとしたら、少なくとも母親には似るわけだから、違う。


毎夏、姉弟で別荘にくるのは、じつの子である永遠子に逢うため。

春子たちは淑子に気を使い、何かと「お金」を払っている。

育てて貰っているからだと考えれば納得。


「対話集」で西村さんが、作品中に出て来る「鴨せいろ」を気にしていました。

「スイミングスクール」ではフォアグラでしたが。


そうそう、「水泳教室」が出て来て、ママになった永遠子が居眠りしているシーンがある。

設定一緒なんですけど……。


和雄という名は「日曜日の人々」に出て来る。

「日曜日〜」はイトコの恋愛でした。



「ふたりとも眠ったのかしら」


この後、オトナ二人はキスをしたのでしょうか。

寝たフリをして薄目の永遠子は、カーブミラーに、その瞬間を見たのかもしれない。


興味のある方、読んでみてください。



*「裏源氏」がスカシで入っています。
リストで全部チェックしてはいませんが、

永遠子の「日光アレルギー」は、「夕顔」=「オトギリソウ」。
こういうズバリの入れ方は初めての気がします。

それと、やっぱり「転がり落ちて骨折」する人。

生霊みたいな描写もあります。

さりげなく「光源」もありました。



前作の「流跡」も興味あるなあ。

このタイトルも、なかなかに意味深ですし。



*追記 2018.9.26

住む人がなくなった家を片付けに行く、という設定も「スイミングスクール」とかぶるんですよね。



*追記 2018..9.27

テクニック的には、芥川や谷崎のレベルだと思う。
緻密な構成力がないと書けない!

文学賞がハナから信用できなくなっている私としては、代筆を疑わざるを得ない。

小説中の、「水」「雪」「店」は当然隠喩でしょう。

「赤い靴下」はレッドソックス=ベーブ・ルース?








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by ukiyo-wasure | 2018-09-25 01:00 | 詩・文芸 | Comments(0)