2018年 06月 15日 ( 3 )

三島「不道徳教育講座」と檄文


今まで読んだ三島の小説が、ぜーんぶ代筆っぽかったので、「仮面の告白」はどうだ!と気になったけれども、雨で図書館いくのもメンドーだし……。

待てよ、昔読んだ気がする。例の「生まれた瞬間を覚えている」とかいうやつじゃね?

と、押入の中をゴソゴソ。

「仮面の告白」は見つからなかったけど「不道徳教育講座」を発見。

タイトルに反応しちゃいました。

勘です。怪しい。

パラパラしました。

人生経験豊富、幅広い年齢、職業の人たちとの付き合いがないと書けないと思いました。

三島事件の「檄文」と、同一人物が書いたとは、どうしても思えませーん。

このセンスは深沢でしょ。

読んだ人も多いと思いますが、三島の言動とのギャップを感じませんでしたか?



ギャグ満載で面白い章がいっぱいありますが、たとえば「馬鹿は死ななきゃ……」という章。

いくら大学の金時計組でも、生まれついたバカはバカであって、これも死ななきゃ治らない。秀才バカというやつは、バカ病の中でも最も難症で、しかも世間にめずらしくありません。バカの一徳は可愛らしさにあるのに、秀才バカには可愛らしさというものがありません。



とゆうことで、私なりにタイトルを解釈するとこうなります。


不道徳=不動(深沢不動)解く

教育講座=今日行く寄席(高座)=yoday行く止せ



 不道徳教育講座=深沢解く、東大行く止せ


「ナラヤマ」「東京のプリンスたち」など、深沢関連が結構でてきます。



「サーヴィス精神」のこの部分。

木にのぼって柿をとったり、清らかな川で泳いだり、山の尾根づたいに戦争ごっこをして遊んだり、……地方の子供たちは、そういう生活のあいだに、おのずからガキ大将や子分の役割をうけ持って、社会生活や生存競争を学びこそしますが〜



まるで体験したような表現。「尾根づたい」とが、想像だけでは書けないと思いますが……。


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by ukiyo-wasure | 2018-06-15 23:52 | 作家 | Comments(0)

「君が代」の素朴な疑問


川端の「ちよ」をパラパラ読んでいました。

何たって、本人が「封印」しろと遺言したのに、全集に入っちゃった作品の一つですから。

超アヤシイ。たぶん谷崎が書いた。

川端は晩年、「何か仕込まれた」感がして気持ち悪かったと思う。

「ちよ」については、いずれじっくり解読します。


今回のネタはそこじゃない。


「ちよ」というタイトルが、どうも「君が代」に関係している気がして、アレコレ考えていたら、素朴な疑問がふつふつ。


「君が代」の本歌はコレです。



 わが君は 千代にやちよに さざれ石の
       巌となりて 苔のむすまで



「古今集」の分類では「祝歌」でしょう。



解釈はこちら。
https://tamegoro.exblog.jp/26821828/


素朴な疑問とゆうのは、


 このまんまで良かったじゃん!

 何で直したの?



これから「天皇制」でガッチリ固めようって時です。

「わが君」=天皇。小細工の必要まったくない。



前にね、「武士道」がキリスト教の「殉教精神」そっくりだと書きました。

違うところは…武士道では「忠義」をつくす対象が「この人こそ」と、選べることです。会社を選ぶほど自由ではないでしょうが、秀吉のように「こいつはアカン」となったら主君を変えられる。
「任侠道」で盃を返すみたいなもの?


明治維新で忠義をつくす相手は唯一、天皇としなければならない。

キリスト教徒にとっての「神」です。

上手いこと考えたなあと関心いたしました。

さすが「言霊の国」です。

「わが君」を「君が代」に変えたらどうなるか。


君が代=「いろは歌」の「き」と「み」の余(いらない文字)

つまり「捨てた文字」=「ゆめ」

=む=「まみむめも」で「下み」=神


「君が代」の歌は、こうゆうことに、


 神は千代に八千代に〜



まるで「賛美歌」の歌詞のようになっちゃうのでした。



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by ukiyo-wasure | 2018-06-15 15:00 | 歴史 | Comments(0)

三島「殉教」死んでないから安心してね


三島由紀夫「殉教」昭和23年の作品です。


寮で暮らす中学生たちの、ちょっと恐い話。

貴族の子が多い学校で、小学校から一緒の子たちがほとんど。
亘理(わたり)という少年だけは、違う学校からやって来た。
彼はマイペースな態度もあって、仲間はずれ状態。
ある事件をキッカケに、魔王と呼ばれるリーダー格の畠山と格闘。
その後二人は「恋人同士」と噂されるほど親密に。
少年たちは普段から、一人を選んで「制裁」を加える遊びをしている。
指名するのが魔王の畠山。
その日の指名は、何と亘理。
高い松の枝にロープをかけて亘理を絞首刑にしようとする。
冗談とも本気ともつかない、異様な雰囲気に。


引用します。

 縄が上がった。
 少年たちは夥しい鳩の羽搏きと、おどろくほど高いところにある亘理の美しい顔の輝きに怖れをなして、もはやこの怖ろしい殺人の現場に居たたまれずに、思ひ思ひの方向から疎林を一散に逃げ出した。
(中略)
 かれらの幼ない胸は人殺しをしたという誇りでまだ弾んでいた。
 三十分もたって、皆は申し合わせたやうに又そろそろと疎林の中へ入ってきて、肩をすりよせておそるおそる大松の枝をさしのぞいた。
 縄がただ揺れていた。縊死者の姿はどこにもみえなかった。
 


まず、亘理(わたり)という名前。怪しい!!

ひとりだけ別の学校から来たとゆうし。

それとね、あらすじに書きませんでしたが、畠山に噛み付くシーンがある。


亘理=渡り=旅芸人のイメージ

噛み付く=歯が強い


さらに「殉教」=「巡業」と読むと……。


サーカスのロープ技に、歯で吊り下がる「歯キリ」、首(顎部分)で吊り下がる「首ガケ」があるそうです。

そういえば、見たことありますよね。


↓こちらに出ています。

https://books.google.co.jp/books?id=_3pwDgAAQBAJ&pg=PA19&dq=アクロバット+ロープ+歯&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwj8xeawsdPbAhVU6LwKHY-bBPoQ6AEIFDAA#v=onepage&q=アクロバット%20ロープ%20歯&f=false


畠山くんと仕組んだのでしょう。

だいたい、ホントに死ぬような悪趣味な話は書かないでしょ。

誰が書いたか知りませんが……。

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by ukiyo-wasure | 2018-06-15 00:21 | 詩・文芸 | Comments(0)