2018年 05月 27日 ( 2 )

再び開高健「裸の王様」


開高健「裸の王様」をもう一回じっくり読んだら、「煙草」だけでなく、三島の初期の作品がいろいろ入っている模様。


はじめて太郎の絵をみたときに感じた酸の気配を〜(「酸模」)


実母は田舎に住んでいた(「鈴鹿抄」)


タレの壷を眺めて、いったい何日ほっておくとこんな深淵の色ができるのだろうと考えた。(「彩絵硝子」/デミグラス)


「この画を描いたのは大田さんの息子さんです。山口君の生徒ですが、画は私が教えています」
「……!」
「……!」

談後の絶句/端午の節句/「菖蒲前」)



『皇帝の新しい着物』では権力者の虚栄と愚弄という、物語の本質を理解させてやりたかったのだ。

(「エスガイの狩」/歌舞伎「厳島招檜扇」別名・日招きの清盛)




芥川賞ですから、三島先生、読んでますよね。




*「エスガイの狩」について

どこの国か不明ですが、エスガイという、強くて乱暴で奢り高ぶった王子が、他人の花嫁を略奪する話です。


エス=S=イオウ
ガイ=下ひ=の=下ね=金(き)
=下ひ=かい=がい
=下り=


 檜扇がいる


歌舞伎「厳島招檜扇」別名・日招きの清盛より、檜扇とは平清盛

奢る平家は久しからず。誰のことやら……



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by ukiyo-wasure | 2018-05-27 23:18 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「春の雪」の怪


前の記事で、開高健「裸の王様」について書きました。

もとを正せば、村上春樹さんの「色彩を持たない〜」からの寄り道で、

「掌の小説」→「春の雪」の途中→三島13歳「酸模」→三島初期作品→「煙草」=スモーキング=開高健「裸の王様」→再び「春の雪」


で、昨日、「春の雪」一読終り。


川端、谷崎、深沢……などが絡み合った「代筆疑惑」に、新たな登場人物、開高健が加わった。

この人の講演CDは面白いのでよく聞きました。

文章も、表現力が素晴らしいと思っていました。

凡人には思いつかない比喩とかね。


「春の雪」は、覚悟を決めた三島が、遺書のつもりで、文壇のインチキのすべてーー特に川端ーーをバラしたる!!!小説ではと思って読み始めた。

案の定、「掌の小説」(谷崎代筆と思う)の各作品を表している描写がゾロゾロ出て来る。

「いやです」(十七歳)などは、来たーっ!でございます。

「蓼科」から三島自身の「酸模」に興味を持ち、「源氏」のスカシや構成のトリックなどで、13歳には書けないだろうと思った。

さらに「煙草」「岬にての物語」、最後の部分は「憂国」なども出て来る。


この時点で、三島自身の作品についても、谷崎が代筆したものを告白しているのだろうと思った。


ところが、「裸の王様」を読んだら、開高健も秘密を知っている感じがしたのね。


私は「源氏」や「和歌」が読めない時点で、深沢の「ポルカ」から入って気がつきました。

「ポルカ」同様に「入り口」となりうるのが「煙草」


スモーキング→横綱


このギャグに気づくと、他の三島作品もスカシやトリックが入っていると気づくと思う。

そして「細雪」や「源氏物語」まで行っちゃう。

私でさえ気づいたのだから、解った人が結構いたと思う。

ネットがないから表に出なかっただけ。



それとね、

村上春樹さんの「ダンス・ダンス・ダンス」牧村拓(ひらく)という作家の経歴が、開高健と被るので引っ掛かった。


 拓(ひらく)と開だし。



以下、既視感だけで拾ってみました。


開高「或る声」

ぼくは今、郊外の百姓家の土蔵に住んでいる。


三島「春の雪」

どこか人知れぬ田舎町の土蔵造りの銀行のある町角あたりで、




開高「パニック」

殺された数とは比較にならないほどのネズミの大群が道を横ぎって夜の高原に消えて行った。


三島「春の雪」

ふたたび天井を鼠の一群が走っていた。小刻みながらその足音に跑(だく)があって、鼠は入り乱れて、とてつもない広野の闇の、片隅から片隅へと疾駆していた。



開高「パニック」

彼がその落葉林で見たものは秋の青空を漉す枯枝のこまかいレース模様ではなかった。

三島「春の雪」

枝の下からふりあおぐ空は、黒ずんだ繊細なもみじ葉が、次から次へと葉端を接して、あたかも臙脂いろの笹縁(レエス)を透かして仰ぐ空のようだった。


最後の文ですが、「空」が二度出て来て、大変にクドい。

いずれの文も、何とゆうか、ワザとクドくしているような感じ。


これは、何を意味しているんだろう?




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by ukiyo-wasure | 2018-05-27 11:56 | 詩・文芸 | Comments(0)