2018年 05月 24日 ( 2 )

三島「憂国」メッタ斬り!


昭和36年、36歳、代表作です。

だから、読んでみました。

これぞ三島!と納得するために。

「風流夢譚」と同じ雑誌に掲載されました。


昔、映画の方をDVDで見ました。超グロで悪趣味。


ウィキに「好きなように読んでいい」と本人の弁がありますので、心置きなく勝手に解釈させていただきます。


ストーリー等、詳しくはこちら。
https://ja.wikipedia.org/wiki/憂国


まさかの「源氏アイテム」に「憂国」よ、お前もか!!

たとえば置物。

ワザとらしく、

「小さな陶器の犬や兎や栗鼠や熊や狐」

犬=狼。栗鼠=鼠。他はそのまま。

ご理解いただけないと思いますが、「裏源氏」を知っているとピンと来るのです。

スカシ、来てる来てる……てな感じ。

新婦の白い指先を「夕顔」の蕾にたとえたり。



「憂国」という題が、まず超怪しい。

これは、何かをカムフラージュしている怪しさ。


「憂国」=夕刻。逢う魔が時。

「源氏アイテム」の一つに「天邪鬼」があります。


「天邪鬼」の話はいろいろありますが「瓜子姫」がおなじみ。

天邪鬼が瓜子姫を食べちゃって、その皮をかぶって、お嫁に行く話もあるらしい。




「憂国」=うれ・こく=瓜子食う




そうゆう視点で読むと、けっこう当てはまるのです。


二人の中に鬼が入っていると仮定


肉体と魂が別々。



意味深な表現も散見。


戸があくより早く、カーキいろの外套に包まれた中尉の體が、雪の泥濘に重い長靴を踏み入れて、玄関の三和土に立った。


魔法使いか?!



「お食事は?」

 この言葉は実に平淡に家庭的に発せられ、中尉は危ふく錯覚に陥らうとした。


鬼の意識が顔を出し「人食い」を思った?


自分がこの世で見る最後の人の顔、最後の女の顔である。


二人とも鬼で、美しい人間の肉体を借りているからね。



あの喜びは最終のものであり、二度とこの身には返っては来ない。が、思うのに、これからいかに長生きしても、あれほどの歓喜に到達することが二度とないことはほぼ確実で、その思ひは二人とも同じである。


肉体は死ぬ。鬼としては生き続ける。が、これほど美しい肉体に宿ることは不可能だろうってことかと。



自分は今戦場の姿を妻に見せるのだ。



戦場=修羅場。修羅(阿修羅)は鬼



「最後の営み」=最後の人並み


「お供をする」=桃太郎を連想



最後、妻が冷静沈着すぎて、リアリティないし。


二人とも、他者の肉体だから、自刃の場面で最後まで意識ハッキリしているのでしょう。


以上、勝手な感想でした。



*追記

気になった点があります。

切腹のときは正座のイメージなのに、主人公は「あぐら」。

「あぐら」は、風呂に入っているときにもあります。

違和感ありました。

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by ukiyo-wasure | 2018-05-24 21:37 | 詩・文芸 | Comments(0)

三島「菖蒲前」に絶句!!!



昭和20年、20歳の作品。「あやめのまえ」と読みます。

『現代』に発表後、どこにも収録なし。全集のみということですね。


鵺退治で有名な源頼政と、ご褒美に賜った美女、菖蒲前のお話。

「いずれ菖蒲か杜若」のアレでございます。


花の精のような美女たちが出て来て、心変わりがどーたらこーたら。

「序」「破の一段」「破の二段」「破の三段」「急」の五章に分かれている。


もうね、ストーリーはどうでもいいの。


ラストがポイント。

頼政が目覚めると、腕の中にいるはずの菖蒲前がいない!

引用します。

頼政は叫びをあげて立ちあがらうした。目はあたりを落ち着きなく見回し、口は菖蒲前の名を呼ぼうとした。その時だった。頼政の腕に凭れかかっていたものが身動きと共に辷りおちて音もなく臥床の上に横たはった。不吉な思ひに責められながら、頼政はそっと、横たはれるものを手に取った。それはあでやかな紫の花が緑濃い葉に守られてうなだれている一本(ひともと)の菖蒲草であった。






 段後の絶句!=端午の節句




誰が書いたんだーっ。


感動しました。終戦の年ですよ。


私の中で、三島の存在自体がフィクション化しつつあります。



*「橋づくし」もコレも、落語でゆうと「考えオチ」ですよね。

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by ukiyo-wasure | 2018-05-24 11:18 | 詩・文芸 | Comments(0)