2018年 02月 13日 ( 4 )

北斎が描いた「長からむ〜」の真実


北斎「乳母が絵解き」です。


80番・待賢門院堀河さん


  長からむ 心も知らず 黒髪の
    乱れて今朝は ものをこそ思へ


学校では教えない解釈はこちら。
http://tamegoro.exblog.jp/27263416/


b0230759_16075427.jpg


 上臈そう=上六そう=七草



上臈=身分の高い貴婦人

七草は複数あるので、北斎さんもシャレを考えるのが大変そう。


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by ukiyo-wasure | 2018-02-13 16:14 | 美術 | Comments(0)

「雪国」の疑問


「雪国」から引用します。


 「なんだ、こんなもの。畜生。畜生。だるいよ。こんなもの。」と、いきなり自分の肘にかぶりついた。



自分の肘に噛み付くことは可能ですか。

無理と感じるのは、私のカラダが固いだけ?


まるでタコみたいに軟らかい駒子さんです。


 タコ=明石(源氏)なら納得。

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by ukiyo-wasure | 2018-02-13 13:57 | 詩・文芸 | Comments(0)

「義」とは


久々の浪曲ネタ、「国定忠次」の名調子♪


 猛虎一声 吼え来る
 狩人これを 撃たんとする
 あまたの獣の 危うきより
 飛び来たりたる 羊めが
 狩人前に たたずんで
 弾丸(たま)に当って 身は倒れ
 ほかの獣を 救うてやる
 羊はわれを 知らぬという
 その意味をもって 唐土(もろこし)に
 羊の下に 我と書き
 義という文字が 出来たという
 その義をもって 売り出した
 上州生まれの 長脇差
 国定村の貸元は
 長岡忠治の ものがたり
 不弁ながらも 勤めます



これを聴いた時、調べました。「義」の成り立ちです。

見てきたようなウソを言うのが講釈師。

浪曲師も負けていない。全然違いましたから。


ところが、ここにきて、気になったのが「羊」です。

キリスト教ではかなり意味がある動物らしい。

村上春樹さんの小説に、頻繁に出て来る。

古典文学や歴史は、表は為政者の都合で出来ているけれども、裏の真相は、能や歌舞伎など、芸能関係に伝えられている気がしています。

芭蕉が、なぜ義仲ラブなのか。ずっと謎でした。

それが、句を解読していたら、キリシタンに行き着いてしまった。

キリシタンつながりは「源氏」や「和歌」が「読める」というのと、なぜか一致するのです。

北斎、写楽、山頭火、放哉……同じラインで繋がります。


「源氏物語」の頃、すでにキリスト教が入ってきていて、光源氏の「光」がキリストと関係あるような気もします。

そしてなぜ「源氏」なのか。

義経や義仲の「義」は、源氏につたわる名前用の文字だそうです。

虎造さんがいうには「自己犠牲」を表しているってことですよね。

キリスト教の精神、武士道と通じませんか。


 義=よし=ヨシヤ


どうでしょう。古代史のロマンです。





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by ukiyo-wasure | 2018-02-13 02:16 | 浪曲 | Comments(0)

山頭火の「夜の底」


「夜の底が白くなった」は川端の「雪国」ですが。


山頭火の句に、


 どうにもならない生きものが夜の底に


「自嘲」と前書きがありますが、騙されてはいけません。

芭蕉も其角も、前書きはカモフラージュだった。


どうにもならない生きもの=十にもならない生き物=子(鼠)


夜の底=子の刻


この句と同時に、こんな句。


 ひよいと月が出ていた富士のむかうから


=げつ=ケツ=尻=尻尾

富士=ふじ=うじ=

 
 昔の時刻です。丑の向こう=子の刻


 ひよいと尻尾が出ていた鼠の


これが、どうも、「雪国」のことではと。


「夜の底」=子の刻。鼠です。「源氏物語」では「初音」ね。

うーん、谷崎が書いたのではってことです。

それの「シッポ」が出ているぞって。


この句と一致しているのが「ダンス・ダンス・ダンス」では第42章〈キキの夢〉かと。

長い長い電話のコード。こんなに長いのは見たことがないという。

電話のコードが長いのは、そんな珍しくないでしょ。


マウスのコードなら変ですが。

  





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by ukiyo-wasure | 2018-02-13 00:42 | 古川柳・俳句 | Comments(0)