高橋弘希「日曜日の人々」の謎(1)


ものすごく悩みます。難しい!


「日曜日の人々」に副題「サンデー・ピープル」が付いている。

本文中にも出て来るチョコレートパフェ


Sundayとsundae。


こうゆう場合、Yが消えた、呑む、捨て……などと読みます。

b0230759_01572555.jpg


白い犬がいます。

ですが、YシャツのYと考えれば「白」の意味。


前の記事に書きましたが、題名から真っ先にイメージしたのが、田辺聖子「感傷旅行/センチメンタル・ジャーニイ」

これは、深沢が代筆したのではと前に書きました。

そういう疑念を抱いたきっかけが「掌の小説」の「秋の雨」(1962年)。

谷崎の代筆という解釈です(ややこしいでしょ)。

登場人物の別府りつ子=深沢七郎と読みました。

この人はモデルなんだけど、今度「花嫁衣装」を着るという話にピンときたのです。

この時期の芥川賞受賞作を読んでみたら「感傷旅行」に露骨に「源氏物語」がスカシで入っていました。


「澪標」はそのまま。確信を持ったのは、超ワザとらしい喩えとして使われているアカエイ。これは「常夏(なでしこ)」です。


こうゆう、売り出すためにまず賞を取らせるのは、商法としては当たり前なのだろうと、今は思っています。


深沢の「楢山」が第一回中央公論賞というのも、今にして思うと極めて不自然。

彼の場合は、売り出すというより「ご褒美」&口止め料かと思う。


で、「秋の雨」ですが、

・城ヶ島の雨」から、「白・城ヶ島」を消した形と解読しました。

=ホワイト=ワイド=広=寛

白がない=寛消

城ヶ島=しょうが倒=ジンジャー倒=ジャージン=ジャーニイ

秋の雨=感傷ジャーニイ欠く=「感傷旅行」書く



「日曜日の人々」に戻ります。

「秋の雨」同様、白=寛

こっちも消えているから「寛賞」=「芥川賞」

「の人々」は、「のトト」=「の魚」=「の虚(うそ)」

ちなみに、魚=虚=ウソと読むのは「掌の小説」の「屋上の金魚」。あとは和歌です。


本文中に「たなべ屋」が出て来る。意味深でしょ。

ヌイグルミの名前「ミオちゃん」も、何だかなあ〜。


この作品には、村上春樹さんの「ノルウェイの森」で既視感があるフレーズが入っていると前に書きましたが……、


「憂国」も入っている気がします。


だからメッチャ悩む。


続きは後ほど。



*追記 

「秋の雨」→「白秋・城ヶ島の雨」は無理があるって、皆様、思うでしょ。

でもね、和歌や俳句を解読して来ると「秋の雨」がものすごく不自然なのです。

「秋雨」でいいよね。

「の雨」つまり「〜の雨」を思うのです。

また「秋」といえば……と考える脳の片隅に「〜の雨」が佇んでいる。

と、「白秋の城ヶ島の雨」に行き着くのはそれほど不自然ではないと思うのですが、いかがでしょう。




[PR]
by ukiyo-wasure | 2018-09-18 02:57 | 詩・文芸 | Comments(0)
<< 高橋弘希「日曜日の人々」の謎(2) 芥川「大導寺信輔の半生」超テ... >>