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芥川「毛利先生」ジャコの佃煮


1916年、26歳の作品です。


歳晩(歳の暮)の或暮方、自分は友人の批評家と二人で、いわゆる腰弁街道の、裸になった並樹の柳の下を、神田橋の方へ歩いていた。


と、始まります。

この批評家が「毛利先生の事を思い出す」と言って、長い思い出話をします。

中学のときの臨時英語教師である「毛利先生」の回想です。


「青空文庫」にあるようなので、詳しくはそちらで。


毛利先生は、見た目もチビで、衣服も古すぎ、そこに蛾のような蝶ネクタイ。吹き出さずにはいられない奇怪&貧相な風体です。

授業の方も、まったくダメ。生徒たちはバカにし始める

最後の方には先生、生活苦を話し出し、「そんなのを聞くために教室にきているのではない」と生徒に言われてしまう。

数年後、カフェで偶然毛利先生を見かける

先生は客として来ているのに、給仕たちに「英語の講義」をしている。



「名に代る詞だから、代名詞という。ね。代名詞。よろしいかね……」




「腰弁」がヒントです。


腰弁当=下級官吏。薄給の勤め人。

毛利先生のような人です。

自分たちも大人になり、先生の言葉が身につまされたのでしょう。



芥川はなぜ、名前を「毛利」としたのか。


毛利=もおり=隠語で「釘」

=ジャコ。 

そういえば、ジャコの佃煮を釘煮といいます。


昔の弁当のオカズといえば、梅干や漬け物、そして佃煮くらいだったらしい。

何といっても「薄給」ですから。


まさしく「腰弁」は、「毛利」という名に代わる詞









by ukiyo-wasure | 2018-09-11 21:17 | 詩・文芸 | Comments(0)
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