芥川「英雄の器」にダメ出し


項羽を破った劉邦の陣営。

ある男が「項羽は英雄の器ではない」と言う。


項羽は天命に従うと言ったが、真の英雄とは、天とも戦う者じゃないのか……とかなんやかや。

これに対して劉邦が、男の説をすべて「もっとも」としながら、



そうして、半ば独り言のように、徐にこう答えた。

「だから、英雄の器だったのさ。」




これ、小説として「禁じ手」ではないのか!!

って思った。


普通に読むとね、項羽という人物に考えが行く。「三国志」の愛読者などは尚更でしょう。

次に、劉邦の言葉の意味を考えたりもする。

極めて漠然とした「英雄」という言葉の意味も考えたりする。

英雄とは、悲劇的な死を背景に成立するのだ!なーんて、三島由紀夫みたいな方向に行っちゃったり。



しかし、芥川の作風を知ると、まったく別の視点で見ちゃう。




英雄=AUかと思ったらAO=青=聖


 英雄の器=聖の器=聖杯


 項羽=降雨=アメ=アーメン


項羽=降雨は「暗夜行路」にも出て来ました。

こうゆうわけで「項羽は英雄の器」と劉邦は言う。



「禁じ手」というのは、状況設定。

日本語のギャグなのに、舞台は中国です。

やるとしたらね、町内の若い衆が集まって無駄話をしているような、落語的設定じゃないと。


リアルと観念の組み合わせの場合、「安定したリアル」がないとヘンテコになる。

谷崎も、これには「ダメ出し」の気がします。

谷崎なら「誰かが語っている」設定かなあ。



ミステリーで、それまで一度も登場しなかった人物が犯人だったみたいな、納得できないものが残ります。

それとも……


 私の読みが間違っている?

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by ukiyo-wasure | 2018-08-20 15:41 | 詩・文芸 | Comments(0)
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