「1973年のピンボール」ジェイ=雀にもなる


前の記事で、ジェイ=キリストと書きましたが、全体を通してではありません。テーマに沿って役割が変化します。

「ふかえり」は蜻蛉にまでなりましたから。

この手の小説、「源氏物語」とかね、読みなれないと戸惑うことでございましょう。


「1973年のピンボール」文庫P133〜はこの句と一致です。

 雀子や あかり障子の 笹の影

引用します。

 固く結んだ拳を何度か空中に振り出してみる。


 拳=げんこ=源吾


句に戻ります。

頭書に「とびあがりしやうじといふらん」

解説では違うことが書いてありますが、勝手に解釈させていただきますと、

 とびあがり、子葉死と言うらん


大高源吾の死です。


ジェイ=J=ジャック=じゃく=雀


ここからは、かなり妄想入ります。半信半疑です。

 雀子や=チュン(鳴き声)子=殉死や

 あかり障子の=解り証拠の

 笹の影=酒の詠


大高源吾もキリシタンという仮定です。

酒の詠=辞世。これです。

 梅てのむ 茶屋も有へし 死出の山


梅=道真=上宮天満宮=高槻=高杯=聖杯


高槻はキリシタン大名、高山右近ゆかりの地なのですね。
















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by ukiyo-wasure | 2017-12-27 17:05 | 古川柳・俳句 | Comments(0)
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