「1973年のピンボール」ジェイ=キリスト


前回の記事

 行年や 壁に耻(はじ)たる 覚書

 行年や 聖書に恥じたる 額踏み

と解釈しました。


「1973年のピンボール」文庫P134〜と一致します。


以下、疲れたジェイの風貌です。

 黒い髭が頬と顎を影のように被い、目はくぼみ、細い唇は乾いてひびわれている。


キリストっぽいでしょ。

ジェイ=Jesus



ここで、待てよ……なのです。

 親にらむ ひらめをふまん 塩干かな


ふまん=踏まん。踏むとくれば、もしかして「踏み絵」?

ひらめ=平目=目が平らになって四=師(キリスト)

親が「水責め」にあって、自分は棄教。水が引いた。


芭蕉は「奥の細道」でトリプルミーニングをやっていますからね。

裏の裏に込めたのか……。



そういえば、中尊寺ってキリスト教っぽいなあと思ったことがあります。

「中」が十字架みたいだし。と、ミーハーな理由からですが。

ミイラもキリスト教にあるし。

キリスト教といっても、大昔、景教と呼ばれた頃に日本に伝わっていたのではないかと。

そうなると、中尊寺・義経・義仲→芭蕉とつながる。


古代史研究家の皆さん、どうなんでしょう。


追記 

義仲寺は大津にあるのですね。
明智光秀かあ。娘がガラシャなので本人もキリシタンではないかと言われています。
そういえば、芭蕉の句に「明智の妻」が出てきたような……。

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by ukiyo-wasure | 2017-12-27 13:03 | 古川柳・俳句 | Comments(0)
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