一人称の小説にご用心



 深沢や谷崎、村上春樹さんの小説を「解読」しましたらね、一人称の小説は要注意だと思いました。

「ノルウェイの森」は読んだ人も多いでしょう。

 登場人物たちの「自分語り」があちこちに出てきます。

 主人公が見たことや体験した事ではありません。

 インパクトがある描写に、緑さんが、父親の仏壇の前で、全裸でポーズを取るというのがあります。

 これ、主人公が見たわけではありません。

 緑さん自身が「語った」ことです。

 読んだ人の中には「こんな変なことをする女って、最悪」と思った人もいるのではないでしょうか。

 私も「最悪」とは思いますが、別な意味です。緑さん、父親が南米に行っているとウソをつきました。

 それが伏線でしょう。嘘つきというか、口からかなりデマカセが出る人ですね。

 仏前ストリップは、「やったこと」ではなく「やったと語られた」ことなのです。

 レイコさんの過去も、ぜーんぶウソかもしれないのです。

 小説は全部が作り話ですが、枠の中での真実はあるでしょう。それを分けて考えられないのが「人間の脳」の弱点だと思います。

 「Aが『BがCのことを○○と言った』と言ってたよ」なーんてことになると、もうダメですね。

 AかBにウソをつかせたら、読者は混乱してしまいます。

 これが「春琴抄」など谷崎の小説です。

 興味のある人は、深沢のポルカを読んでみてください。いろいろなパターンのお話が出てきます。

 何が書いてあるのか。ストーリーではなく、作者の意図。落語の「笑うポイント」みたいなところね。

 読解力のトレーニングにおすすめです。


 

 

 

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by ukiyo-wasure | 2017-11-26 23:07 | 詩・文芸 | Comments(0)
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