月みれば〜なぜ悲し?


 23番・大江千里さん。

 
  月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ
     わが身一つの 秋にはあらねど


 これも「古今集」に出ています。歴史に残る名歌なのです。曲者は月です。
 皆さま、月=風流で、物思いをしてしまうもの。と捉えていませんか。花鳥風月、雪月花とか、月を見たら「しみじみ」しないと、日本人じゃない!とか。

 それは、洗脳されているのです。

 月を見たくらいで、いちいち「ちぢにものこそ悲しけれ」じゃあ、戦争や天災で生死もままならないような当時を逞しく生き抜くことはできません。

 大江千里さんは、行平・業平の甥。これがポイントでしょう。


 月みれば     行平の歌から、月=坏に掛けているのかも
 ちぢにものこそ  父似者=在原行平
 悲しけれ 
 わが身一つの   わが身=鏡=小町=美女   
 秋にはあらねど  秋がない=あきない=商=生


  月みれば 行平こそ 悲しけれ
    美女一筋の 人生だったことよ

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by ukiyo-wasure | 2017-05-10 15:00 | 詩・文芸 | Comments(0)
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