「掌の小説」の「硝子」。 これも谷崎作だと思います。 十五歳の蓉子は、許嫁と一緒に、兄妹として大邸宅に暮らしている。 硝子工場で働く少年を哀れみ、彼の悲惨な姿を兄に話し、見舞金を出してもらう。 十年後、蓉子はその義兄と夫婦になる。 ある日、夫が、硝子工場の少年が作家なって、当時の事を小説にしていると、その雑誌を蓉子に見せる。 小説によると、花瓶を作る工房へ転職した少年は、自分の考案の最も美しい花瓶をあの少女に贈った。そして、貧しい労働者の立場と、いわゆる「敵」であるブルジョアのお嬢さんへの憧憬の板挟みに苦しんでいる。 一部引用します。 小説「硝子」を読み終ると蓉子は遠くを思う眼をしていた。 「あの花瓶はどこへ行ったかしら」 これだけではわからないでしょ。 興味のある方は、ぜひ読んでみてください。 「春琴抄」「散りぬるを」(太宰作かも)など同様、谷崎得意の「言外の意」小説です。 冒頭の一文からして謎掛けです。 十五になる許嫁の蓉子が〜ですから。 許嫁が、将来の夫と「兄妹」として、同じ屋敷に暮らす。 この設定、想像力をかき立てます。 「作中小説」にこんな描写。 呪わしき敵の恵みよ。屈辱よ。昔、城を攻落された武士の幼児は敵の哀れみで生命を助けられたが、その子の前には唯父を殺した男の妾となる運命が待っていたのだ。 つまりです。 この小説を書いたのは、硝子工場の少年ではなく蓉子。 少年の葛藤と見せて、じつは彼女自身の葛藤。 よく読むと、硝子工場で少年が血を吐き倒れたというのも、兄に「蓉子が話したこと」で真実という保証はありません。 蓉子という名前も凝っています。 蓉子=養子 弱い者、貧しい者への同情心は、彼女自身が、もとはブルジョアではないからと考えられます。 タイトルの解読、いきます。 硝子=枯らす。そして「花瓶」というキーワード。 水空(から)が苦=自ら書く どうでしょう。この春から国文学科へ進む少年少女の皆様。 ぜひぜひ「記号士」ではなく「夢読み士」を目指してください。
by ukiyo-wasure
| 2018-04-02 13:58
| 詩・文芸
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