「ミッケ!」がただの写真集として出版されたら


 「ミッケ!」はプロの写真家が作ったパズルです。だから、画面がとても美しい。

 パズルではなく、つまり、何かを探せというのではなく、普通の写真集として出たならば、どう評価されていたでしょう。

 これまでにない「ユニーク」なアイデアということになるでしょう。「発想の源は?」などと聞かれそうです。


 そうして、評論家がいろいろなことを言うでしょう。
カオスの中の美だとか……。



 同じような形式のパズルを頼まれたとき、「文章」では出来ないのかなあと思ったことがありました。


 すでにやっていた作家がいたわけです。


 はじめに気づいたのが深沢七郎の「東京のプリンスたち」他。谷崎の「細雪」。千年もどって「源氏物語」。多くの和歌。芭蕉と其角。

 中原中也、太宰の「富嶽百景」、石原慎太郎の「太陽の季節」「灰色の教室」。


 H.M氏の、たぶんすべての小説。


 
 私が「みっけ」た「探すべきもの」が提示されていない「ミッケ!」たち。



 驚くべきは、「富嶽百景」「太陽の季節」「灰色の教室」、M氏のデビュー作は、すべて同じ物が隠されています。


 今、M氏の代表作をパズルとして解きながら、目眩がしています。
 世界中で、1000万部も売れたとは!


M氏「目的持って書いた小説は文学的に成功できない」


 まったくですね。


 でも……、これって、つまり……


  ストーリーには、

 ほとんど意味がないってことですよね。
 


 

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# by ukiyo-wasure | 2017-07-26 14:48 | 作家 | Comments(0)

森ゆうこ議員は、お母さんだなあ


 森ゆうこさん、今日の追求も冴えていましたね。

 この方を見ていますと、子どものウソを見抜き、正直に言いなさい!という母親の姿とかぶります。

 経験から云いますが、母親は我が子がウソをついているかどうか、すぐに解ります。無意識にするシグサ、声の調子、しゃべりの速度、目が泳ぐなどなど。

 だから、ウソの答弁をするときは、下を向かないとダメ。

 あとね、「裏を取る」。森さん、見事に資料を集めています。偉いなあ。こうでなきゃあ。

 母親は、子どもの云うことを「あらそう」と聞いていますが、心の中では信じていません。100%信じる親は、親仲間では「知らぬは親ばかり」「親ばかねえ」と云われます。

 友だちの親に電話して、本当に「○○ちゃんちで宿題をやっていたのか」確認するわけです。ママ友ネットワークですね。行動が読まれている。そして、ウソと解っても、時には知らないフリをいたします。

 わが身を振り返り、親に隠れていろいろやったなあ…。でも、親は知っていたんだろうなあ…という、許容範囲だからでございます。

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# by ukiyo-wasure | 2017-07-25 17:28 | 日常 | Comments(0)

深沢七郎「ろまんさ」


 読書感想文のシーズンでございます。

 
 拙作「深沢七郎本」で書き残した作品をちょっと紹介します。


 「ろまんさ」という短編です。数分で読めるでしょう、ただ読むだけなら。


 若い男女の話で、高校時代のペンフレンド同士が、卒業後、東京で再会します。女性の方は、父親の用事に付き添っての上京です。

 男性は、女性の父親とも仲良くしたいのですが、このお父さん、極めてそっけない。男性を無視するような態度なわけです。

 男性としては、嫌われているのかな……それにしても、あまりに無礼ではないかと思います。

 女性が帰った後、手紙を出します。お父さんの無礼を責める内容です。返事がきます。私にとっては尊敬できる父です…みたいな。

 これで二人の関係は終了です。


 私は、はじめから「トリック小説」として読みましたから、「なるほどねー」だったのですが、解らない人の方が多いと思います。

 “娘を愛する父親の心理を描いている”などと、トンチンカンなことを書いたりするわけです。

 タイトルの「ろまんさ」に答えがあります。

 「ロマンサ」は、あの、ギター初心者がはじめにマスターする曲「禁じられた遊び」のことです。

 映画「禁じられた遊び」のテーマ曲です。「禁じられた遊び」とは
戦争のことでございまして。

 このお父様は、戦場で、爆音等のために「難聴」になったのです。戦争の悲劇を描いているのです。

 興味のある方は、そのつもりで読み直してみてください。




 もう一つ「小さなロマンス」。主人公とメス犬がいます。メス犬は、冬だというのに、また、オス犬がいるわけでもないのに、発情しているような様子を見せます。

 “メス犬は主人公の男性に恋をしているのだ”と読んだら、深沢七郎はテヘペロでございます。

 お前さんたち、ロマンスの意味を知ってるか。と、シチローさんはフフフッなのです。私も、辞書を引いて知りました。

 ロマンスとは恋物語ではありません。「叙事詩」なのです。日本では、たとえば「平家物語」だそうです。

 「小さなロマンス」を言い替えると「小さな平家物語」、小さな平屋での話です。

 このとき知ったのですが、平屋は、不動産登記などでは「平家」と書くそうです。シチローさんのことですから、家の登記簿かなんかを見て、ピーン、これは使えるゾ!からの発想ではないでしょうか。この感じ、わかるなー。

 
 
 高校生の皆様、こういう「視点を変えて」バッサリ斬!の感想文、ぜひ書いてください。

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# by ukiyo-wasure | 2017-07-25 14:22 | 詩・文芸 | Comments(0)

「なこその関」って何ですか


 和歌に登場する「なこその関」ですが、歴史的な文献にはまったく登場しないそうです。

 古典の研究者さんは、呼子鳥なども、実在の鳥の中から、鶯だナンダカンダ……。

 和歌には下品な言葉は使えないので、泥棒なども、雅やかな言葉に変えて表現しているのだろうと思いませんか。

 だから「なこその関」もね、言葉の上だけの関だと思います。

 すぐに思いつくのが「な」を越すです。
「いろは歌」ですと「らむ」。五十音ですと「にぬ」です。

 どっちも「む」「ぬ」ですか。これは、化けますねー。

 らむ=らん、らう、ろう。蘭乱卵嵐、老労波狼……


 にぬ=にん。忍人任認仁……

 なるへそ。「なこその関」に「みちのくの」が付くのは「忍」の意味の時なのかもね。


 そんな訳で、「なこその関」とは特定の言葉ではなく、実在の関でもなく、歌によって嵐だったり狼だったりする。……という説、いかがでございましょう。


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# by ukiyo-wasure | 2017-07-24 23:54 | 詩・文芸 | Comments(0)

こんなのありか「村上かるた」


 寝酒を飲みながらですから、ちと怪しいのですが、まあ、間違っていたとしても、偶然こんな答えも出るということで。



  へんくつな靴屋、皮肉屋の肉屋


 語呂合わせでいくと、

  0(へん=円)927928、1298-298

 でね、ケータイの番号と考えると090の「0」が足りない

 090-2792-8129で、8298はいらない。

 和歌の定石では、「いらない」は「棄」です。棄8298。これをアナグラムで並べ替えると
 8棄298=焼肉屋

 ゼロ=零で、零はない焼肉屋。 


   レバーない焼肉屋。


 ワタクシの妄想、思い込みでしょうか。


 高校生の皆様、読書感想文は、ぜひ「村上かるた」で。

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# by ukiyo-wasure | 2017-07-24 02:55 | 作家 | Comments(0)