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吹くからに〜

 吹くからに 秋の草木の しをるれば 
      むべ山風を 嵐といふらむ 


 前に取り上げた「世に宇治山」については、徳川夢声が対談本で「こんな歌、どこがいいのかさっぱり」と書いていたのね。学校で習った時、そう思った人は多いと思います。
 これだって、教科書の解説では、山に風で嵐(草木を荒らす)のダジャレ。親父ギャグのレベルでございます。

 小倉百人一首を選んだのは定家さん。ワンサカある和歌の中から、なぜこんなものが選ばれたのか。先生、なんで?なのでございます。

 「源氏物語」を読みましたら、和歌は、掛詞や縁語を駆使して、ダブルミーニングの表現をしている。そういうことでこの歌を読むと、シャレの巧みさで選ばれたのだろうと思うのでございます。
 たとえばこんな感じ。


 吹くからに 飽きの臭きの しをるれば
    「笛や任せ」を荒らしといふらむ


 宴の席で、ヘタなくせに笛を披露する人がいて、本人は自信満々。退屈で座はシラケる。こういうのをアラシというのだ。

 お花見での下手カラオケのようなものです。

 注:むべ=うべ=ふへ=ふえ

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# by ukiyo-wasure | 2017-02-21 14:39 | 詩・文芸 | Comments(0)

あ、そうか!

 
  梅が香や 隣は荻生 惣右衛門

 これって、徂徠本人じゃなく儒学者の代名詞として使っているのでは。

 ボクサーなら、隣りに「明日のジョー」が越してきたみたいな。
 
 といいますのは、下の句、荻生徂徠のことでしょ。と調べたら時期が合わなかったのです。


  夢と成りし 骸骨踊る 荻の声


 「骸骨踊る」はハロウィンみたいです。これは漢詩によく出て来る「兀兀」だと思うのです。コツコツ、ゴツゴツと読みます。
 「荻の声」は荻生徂徠=儒学者という意味でしょう。聞いているうちにウトウト……ではないかと思う。

  




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# by ukiyo-wasure | 2017-02-20 00:20 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

間違っているでしょ


 以下、ウィキペディアのコピーです。どういうこと?

宝井其角(たからい きかく、寛文元年7月17日(1661年8月11日) - 宝永4年2月30日(1707年4月2日。一説には2月29日(4月1日))は、江戸時代前期の俳諧師。

荻生徂徠 宝永6年(1709年)、綱吉の死去と吉保の失脚にあって柳沢邸を出て日本橋茅場町に居を移し、そこで私塾・蘐園塾(けんえんじゅく)を開いた。やがて徂徠派というひとつの学派(蘐園学派)を形成するに至る。なお、塾名の「蘐園」とは塾の所在地・茅場町にちなむ(隣接して宝井其角が住み、「梅が香や隣は荻生惣右衛門」 の句がある)。


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# by ukiyo-wasure | 2017-02-19 23:33 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

ミッフィーの 涙で氷解 辛子かな

 昨日、ミッフィーちゃんの作者が亡くたったニュースを見ていて、ピカッなのでした。涙をこぼしているミッフィーちゃん、もらい泣きしそうです。

 ずっと解らなくて、保留にしていた


  うぐいすに この辛子酢は 涙かな


 四十七士の自刃、とくに親しかった子葉への悲しみを詠んだとされている句です。
 が、誰もがひっかかるのが「辛子酢」なんですよね。べつの句集では


  鶯の 目はからし酢の 涙かな


 これまた「からし酢」は動かずにある。「辛子酢」だけは譲れない。つまりです、涙の訳が「辛子酢」です。万人が泣かずにはいられない、強烈な何かが「辛子酢」に言替えられているのです。


 前書きを見ます。

 「万世のさえずり鶯、唇を転じ黄舌をひる」


 謡曲の『歌占』に「当面黄舌のさえずり、うぐいすの子は子なりけり」からのものか。と解説にあります。


 ここでミッフィーちゃん登場です。子どもって無邪気で可愛いですよね。壮年で亡くなった方の葬儀で、パパやママが亡くなったことを理解できない幼い子の姿を目にしますと、もう……。
 
 辛子酢=唐子図。

 赤穂浪士の遺児を思っての涙。私見ですが。


追記 其角は、鶯=ホケキョーからお経の意味で使うことがあります。この句でも法事の意味を掛けていると思われます。

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# by ukiyo-wasure | 2017-02-19 15:34 | 古川柳・俳句 | Comments(0)

やってくれるじゃん、喜撰さん

 芭蕉一門は絶対に和歌のレトリックを取り入れていると思います。「源氏」を読むと、こんなシャレを言うんだ!とびっくりします。ダジャレの原点は和歌でしょ。
 それというのも、日本語は同音異義語が多すぎるから。

 たとえば百人一首の喜撰法師の歌。


  わが庵は 都の辰巳 しかぞすむ 
      世を宇治山と 人はいふなり


 裏の意味、いきますね。

「都の辰巳」は方角です。辰・巳の次が「午=馬」。そこに「鹿」が住むと、馬と鹿が隣り合います。
 「世を宇治山」とは何か。「世を憂しとする山」です。「世を憂いて」とくれば「死」です。鳥辺山(風葬の地)のような墓地を意味している。

 もうお分かりでしょう。墓=バカ。


 

 
 


 

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# by ukiyo-wasure | 2017-02-18 16:17 | 詩・文芸 | Comments(0)